新居の2LDKの賃貸マンションに着いた時には、午前0時を過ぎていた
婚約者の理香は、明日の仕事の為か 自宅に帰っていた
ガラステーブルに 走り書きの便箋が一枚、文鎮代りのフォークの下に置かれている
(タックルボックス忘れて釣りになった? 後、冷蔵庫にパスタ入ってるから食え ミートソース手作りだよ)
玄関に、そっくり忘れたタックルボックスが鎮座していた
冷蔵庫を開けると 伸びに伸びまくったパスタが、これまた鎮座している パッと見て分かる大きさのセロリ、固着した挽き肉… 明らかに手作りミートソースだ…
(気にしてたのか…)
理香の、不器用だが一生懸命な、それでいて的外れな所が丸出しのパスタだった
レンジに入れ 温めたパスタをガラステーブルに運び、フォークで掬う
(!…不味い…理香、手作り、不味いけど有り難う…)
気付けば、泣きながら理香の手作りミートソースパスタを食べていた 味など、どうでも良い、理香の気持ちが こんな自分に対する気持ちが嬉しかった…
(理香、有り難う…でも結婚したら、ご飯は自分が作るよ…)
その二ヶ月後、理香と挙式を上げた自分は、あれやこれやと忙しない新生活に、釣りどころでは無い毎日を送っていた
「あら、タカ、訃報…」
季節は秋口を過ぎ、冬の気配がしていた
届いた手紙には、裕美子の名が書かれていた
「どうしたの?」
理香が尋ねる
「師匠…」
「ああ、秀之さんだっけ?」
「死んじゃった…」
「?」
どうやって着いたのか、覚えて居なかった 気付いたら、食堂の駐車場に車を着けていた
「タカ…」
半年振りに会った絵美子が、冬の制服姿で目の前に立っている
「師匠、ヒデさん、何処だ? 絵美子、ヒデさん呼んでくれ、なあ…何処だよ?」
絵美子は、ただ首を振るばかりだった
「絵美子!ヒデさん呼んでくれ!沢か?作業場か?」
絵美子が抱き付き、呟いた
「もう、居ないの…どこにも居ないの…」
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