あちこちと舗装が剥げかけ、穴の空いたアスファルトにハンドルを取られながら、軽トラは十三の住み処を目指していた
十三は妾の子ながらも地主の父親の事業を手伝い、土地の登記などの際に測量を行うことを生業としていた 週に二度か三度仕事をし、後は家で独り飲んだくれている、そんな生活をしていた
「十三さん、居るか?」
玄関から反対の庭先から声がする 十三だ
「庭に回れ」
「十三さん、あんた…」
「まあ、座れよヒデ…」
十三はそう秀之に話しかけ、今までの経緯をすべて秀之に告げていた ロクでもない自分が生まれて初めて人を愛したこと、裕美子の幸せだけを願い、見守り続けていること、秀之を愛しているなら、それが裕美子の幸せならそれで良いと思っていること…
秀之は泣いていた 今までの非を詫び、土下座までしていた
「止めてくれ、そんなヒデを見たら、裕美子が悲しむだろ?」
十三は不器用に笑うと、背中を向けたまま秀之に呟いた
「子供、出来ると良いな…あの小僧はヒデにそっくりだ、誰にも分からんよ」
今まで、自分が不能であることを知っているのは、医師と裕美子だけだと思っていたが、十三もまた、知っていたのだ
「十三さん、そのこと…」
「誰にも言わねえよ、安心しろ…ほら、もう帰れ」
「ヒデさん、遅いですね…」
「きっと十三さんの所よ、十三さん、乱暴だけど、本当は優しいから大丈夫…」
「ね、タカちゃん…今日はお店は休みなんだから、釣り、してきたら?」
今の話を聞かされて、とても釣りになど出る気分では無かったが、この場に居ることに耐えられる気分でも無かった
「いえ、ちょっと麓の釣具屋で買い物してきます…」
「じゃ、主人にはそう伝えておくわね、行ってらっしゃい」
食堂の脇に着けてある自分の四駆に乗り込み、先程秀之が上がって行った反対にハンドルを切った
二十分程下ると、地方ながらも少し栄えた街に出た この地方に来る度に訪れている釣具屋に入る
「いらっしゃい」
壁に掛けてあるランディングネットを物色するが、どれも今一つ、ピンとこない 店に有るのはこれだけか、と店主に尋ねる
「有るには有るが、ちと高いぜ?」
見せてくれたネットのフレームには、四角に「秀」の一文字が刻まれていた
「これ、ヒデさんの?」
「なんだ、ヒデ坊、いや秀之知ってるのか…あいつの作品はどれを取っても良い出来だよ」
ちょっと手の出る値段では無かった 結局何も買わずに店を出、商店街をブラブラしていた
「あら?タカ君じゃないの?」
声をかけて来たのは、昨夜重さんを連れ戻しに食堂を訪れてきた、千代子だった
※元投稿はこちら >>