「………」
「………」
一体、どれ程の時間が過ぎただろう…お互いがお互いに 何か言いたげにしながらも、まるで喉元に真綿が詰まった様に、言葉が出ない…
グゥ キュルル…
沈黙を破ったのは、絵美子の腹音 だった
髪はボサボサ、何日も風呂にも入らず パジャマの襟元は脂で艶を放ち、若さ故の代謝の良さからか、若干 匂う…
「絵美子ちゃん、お腹 減ってる?」
顔を真っ赤に染めながら、絵美子が頷いた
「もうペコペコ…」
再度、グゥ と 音が鳴る 二人は顔を見合わせて 笑った 絵美子にとって何日ぶりの笑顔だったろうか くしゃくしゃにした目元からは、悲しみではない雫が溢れ、その瞳に 暗い翳りは無かった
一頻り笑いこけると、絵美子が茶の間を見渡し、自分に尋ねる
「パパとママは?」
「あ、ああ、なんか二人で温泉に行っちゃったみたいだよ…」
便箋を半分に折り、後半が見えないようにチラ とだけ、絵美子に見せる…
「朝御飯、何が良い?絵美子ちゃんの好きなもの 何でも作るから」
絵美子がもじもじしながら、小さな声で呟いた
「アタシ、フレンチトーストっていうの?食べてみたい…」
「お安い御用だ フレンチトースト一丁!」
秀之の真似をして、威勢よく応えた
絵美子が泣き笑いの表情で、抱き付いてきた
「タカ…タカ… ごめんね…有り難う…」
絵美子の髪をそっと撫でながら、華奢で小さな身体を確かめる
(こんな小さな身体で…辛かったろうな、絵美子…)
「ご飯、作るまでちょっとかかるから、お風呂 入っておいで?」
絵美子が自身の二の腕辺りをスンスンと嗅いだ途端に、自分から飛び退いた 真っ赤な顔をしながら、呟く
「アタシ、臭ーい」
(フレンチトースト、か…)
幸い、食パンは常備して有るようだ… 台所の冷蔵庫を開ける 卵は有ったが牛乳が無い…
南無三で冷凍庫の取っ手を引いた
(有るじゃないか)
バニラアイスを溶かし、牛乳代わりにする 最初から甘いので、砂糖を入れる手間が省ける
卵液と混ぜ、食パンを浸した
充分パンに吸い込ませたら、たっぷりのバターで焼き上げる
(お次は…)
シナモンシュガー代わりにニッキ飴をレンジで溶かし、焼き上がったパンに格子状にかける
冷えると また固まるので良い食感のアクセントにもなる ホイップクリーム代わりに スプーンで丸く抜いたバニラアイスを、一盛り
代用品だらけのフレンチトーストが出来上がった
「さっぱりしたー」
丁度 絵美子が浴室から出てきた よれたパジャマから白いTシャツ、デニムのホットパンツに着替えていた
「はい、朝御飯」
卓袱台を見て、絵美子は まるで花が咲いたように華やかな笑顔を見せた
「タカ、すごーい」
給仕の様にかしこまりながら、絵美子に微笑む
「どうぞ、召し上がれ」
「御馳走様、やっぱりタカのご飯、美味しいっ」
お腹をさすりながら、満足気にしている絵美子を見て、自分も自然と笑みがこぼれていた
同時に、病院で見た痛々しい絵美子を思い出すと、心臓をキリキリと針金で締め付けられるような感覚に陥った
「絵美子ちゃん、今から話すことを、聞いてくれるかい?」
何かを察したのか、絵美子の顔に緊張が見えた…
※元投稿はこちら >>