マキは真剣な顔付きで続けた
「絵美の初めては、タカさんって決めていたの…もう少し大人になって、タカさんに似合う女になるって…」
あの時の約束だ… 話を逸らす為の方便を、絵美子は本気にしていた だとすれば、約束を自ら破ってしまった、いや 汚い大人に破られてしまった絵美子の胸中は…
「汚れてしまった身体ではタカさんに会えないって…」
いつの間にか マキは泣きじゃくっていた 裕美子に肩を抱かれ、これ以上 言葉が続かなかった
「だからって、それで絵美子ちゃんを抱けと言われても…」
秀之も裕美子も困惑している 絵美子の心を救う為には、そうするのが一番なのかも知れない だがそれは同時に、中学生の実子と行為に及ぶという禁忌を犯すということになる
「マキちゃん、マキちゃんの言うことは分かるよ…だけど、はい、と返事をする訳にもいかないんだよ…もう少し、時間をくれないか?」
いつもの様に食堂を手伝い、暖簾を下げた 明日は日曜日ということもあって 客の入りは普段より多く、忙しなかった
身体を動かしている間は考える暇も無く、気が紛れたが、静かになった途端に マキの言葉が頭を過る
「どうしましょうか…師匠…」
「俺にも分からん…」
その時、閉めた店の扉が ガラリ、と開いた
「うちの旦那、居る?」
千代子がパジャマ姿で現れた とうに五十路を過ぎ、完熟も完熟で有ったが、いまだに現役で男を漁っているらしい… 千代子から逃げる様に飲み歩く重を、今夜も探していた
「あら、タカ君、何年ぶりかしら?そんな顔してどうしたの?」
「いやぁ、まあ、色々と」
千代子が、たちまち女の表情に変わる
「分かった、女 でしょ タカ君モテそうだもんねぇ」
流石、いまだに現役のことは有る 千代子が一瞬で見抜いた 秀之は千代子から逃げる様にして うどん打ちの小部屋に籠ってしまった
(師匠、ズルいですよ…)
「で、相手はどんな子なの?もうセックスしたの?」
千代子がまくし立てるが、まさか実の子供が相手とも言えない…
「ずいぶん年下なんですけど、自分に好意を持ってるみたいで…」
千代子の表情が険しくなり、口調がガラッと変わった
「ちょっと、タカ君…年下だろうと年上だろうと関係無い 女の方から誘うって、凄く勇気が要るのよ?女に恥をかかせるんじゃないよ、全く…今すぐ気持ちに応えてきなっ」
ドンッとカウンターを叩き、千代子が睨み付けてきた
「はいっ はいっ、千代子さん、近い 近いからちょっと離れて…」
千代子がいつもの調子に戻り、にっこりと笑う
「分かれば良いのよ タカ君、女の覚悟って、命懸けなのよ? たとえ一夜限りでも、その子を幸せにしてあげるの、それが男の役割なのよ…」
そうまくし立てると、千代子は また重を探しに出て行った 千代子の幸せは今、どこで飲んだくれているのやら…
「行ったか?」
秀之が小部屋からなに食わぬ顔で出てきた
「師匠、隠れるなんて汚いですよ、もう」
「そう怒るなよ…で、腹は決まったのか?」
小部屋に籠りながら、千代子の話を聞いていたらしい…
(たとえ一夜限りでも、か…)
厨房の冷蔵庫から冷酒を取り出し、キャップを開けた ビールグラスに並々と注ぎ、一気に飲み干した
「あ、タカ、お前それ売り物だぞ」
「うるさいな、一本くらい良いでしょう」
「あ?師匠に向かってうるさいとは……」
秀之が何か喚いているが、耳には入って来ない…
あの晩、小上がりで絵美子に言われた言葉が、自分を責め立てる
(タカの意気地無し、か…)
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