「退院は明日のお昼ですって…」
裕美子が病室のベッドに寝ている絵美子に話かけていた
あれから一週間が過ぎ、絵美子の体調もようやく快復に向かっていた 病室のベッドの脇には秀之と裕美子、そして院長が立っている
「絵美子ちゃん、退院おめでとう まだこの先、色々検査が有るけど 一先ずお家に帰れるよ 」
十三の幼馴染みという院長だが、実際は十三の父 正蔵の本妻の次男、六郎だ
次男なのに六郎という名なのは、六郎が生まれるまでに五人、正蔵が妾に生ませていたからだ 豪快で地域の大地主だった正蔵は、正妻の子も妾の子も分け隔て無く可愛がった
正蔵の葬式に一族が集まった集合写真は、それは壮観だった
十三は自分のような人間と異母兄弟で有ると知れたら六郎に傷が付くと思い、なるべくその事実を他言しないようにしていた
「院長先生、この度は本当に絵美子に良くしていただいて…」
「いやいや、裕美ちゃんの娘さんならこのくらい… それに他ならぬ十三の頼みだ、断れんよ ははっ」
「有り難う御座います」
裕美子は深々と頭を下げている 秀之は少し、微妙な顔付きをしていたが、同じ様に頭を下げた
「裕美ちゃん、また看護師で働く気は無いかい? 今、人手不足で大変なんだよ…」
六郎の目が、じっとりと裕美子の身体を舐めている… 絵美子が入院中のこの病院は、昔 秀之と裕美子が再会した病院でも有った 六郎は当時から裕美子に気が有ったが、裕美子はあっさりと秀之と結婚し、退職してしまっていた
「いえ、今は主人と二人で食堂を切り盛りするのが生き甲斐ですから…」
「そうか…残念だなあ」
そう呟くと、六郎は秀之をチラと見やり、心の中で毒吐く
(こいつ、不能だった筈なのに…裕美子と子供まで作りやがって)
昔、片肺が潰れる程の大怪我をした秀之を担当していたのは、六郎だった…
「じゃ、明日また来るからね、明日はお家に帰りましょうね?」
秀之と裕美子が、病室を後にした
味気ない病院食をほとんど残し、やがて消灯時間が訪れる 絵美子は微動だにせず、天井の化粧板を見つめていた 正確には、目を開けているだけで 何も見ては居なかった
「タカ…アタシ、汚れちゃった…」
ぶつぶつと独り言の様に呟く絵美子の脳裏には、あのトイレ内の光景が無限に繰り返し映されていた
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