そして一年が経過した。
「こんにちは。お邪魔しまーす。」
「おー。上がって上がって。」
騒がしかったのだろうか、ベビーベッドから赤ん坊の泣き声が響き渡る。
・・ごめんなさい・・。
身を縮めるナナ。
「大丈夫。泣くのが仕事なんだから。」
そう言いながら赤ん坊を抱き上げるサクラ。
泣いている赤ん坊を覗き込むナナ。
「う・・わ。大きくなったぁ。」
・・すぐに大きくなっちゃうよ・・。
ナナちゃんみたいに・・ね・・。
興味津々とばかり、赤ん坊の成長ぶりに眼を見張るナナ。
だが、当の彼女自身が急速に少女の域を脱しつつある。
身長こそ変わらないが、程良く厚みを増したナナの躯は『女』としての貫禄を示しつつあった。
『娘らしい』、そんな表現がしっくりとするような躯付き。
小振りではあるが、その存在をハッキリと主張しつつある双つの膨らみ。
かつてのように平板ではなく、滑らかな曲線をメインに構成されつつある腰から尻、そして太腿。
「あ。これ餃子。チンジャオロースも下拵えしてきました。後でお台所、使わせて下さい。」
「いつも悪いなぁ。うわ、こんなに。」
「五人前ですからね。」
女二人と侮ることなかれ。
妊娠して以来、サクラの健啖家ぶりには、ナナですら怖気付く。
負けじと食べるナナの食欲も底知れぬ。
結果として、軽く三人前の食事が二人の胃袋に消えていくのが常だ。
「で?どうなの?」
手伝おうとするサクラを押し留め、台所に立っていたナナは、振り返って決まり悪そうに呟く。
「・・アバラが・・全治三週間・・。」
先週、冗談半分にナナが彼氏に向けて放ったコークスクリュー気味の左フック。
待ち合わせ場所、約束の時間が過ぎても姿を現さない彼氏。
独りコンビネーションの練習に勤しんでいたナナ。
約束の時刻に遅れた彼氏は、戯れにファイティングポーズを取る。
『よし、打ってこいよ。』
彼氏もタカをククっていた。
それはそうだろう。
自分より頭ひとつ背が低く、二十Kg近くの体重差があるのだ。
しかもウェブで漫画を読みながら会得したパンチに過ぎない。
「『ぐぶっ』っていう呻き声と『みしっ』っていう手応えが同時でしたね・・。」
ナナの左拳が脇腹に吸い込まれた次の瞬間、彼は悶絶しながらその場に崩れ落ちた。
「・・『笑うと痛い』とか・・言ってはいたんですよ・・」
一昼夜を経過しても痛みは消えず、微熱が下がらないと聞き、或いはと思っていたナナ。
その予想は的中する。
第七肋骨の亀裂骨折、いわゆるヒビだ。
全治三週間也。
「怒ってないけど、拳は封印しろって・・。」
泣く泣くボクシングを諦めたナナ。
だが、今は槌拳道マンガに夢中になっているらしい。
カカト落としが彼の頭に炸裂する日が来ないことを祈るのみだ。
湯気の立つ餃子とチンジャオロースに二人は舌鼓を打つ。
食べながらも話は尽きない。
「どんな子になって欲しいですか?」
「んー。元気で普通に育ってくれれば充分かな・・。」
「具体性に欠けますね・・。」
カポエイラ使い・・
・・とかは、どうですか?
提案しながら身を乗り出すナナは真顔だ。
・・嫌ぁよ、そんなの・・。
あ、そうだ。
こんな感じの元気な子がいいな・・。
そう言ってスマホに保存されている画像を呼び出したサクラ。
そこにはヘソは丸出し、大の字になって眠るあどけない少女の姿が写っていた。
完結
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