サクラとナナが別れて一週間ほど経った月曜日の夕方、少女からメッセージが届く。
>先日は有り難う御座いました。
>で、どうでしたか?
サクラは返信する。
>トラ!トラ!トラ!
数秒後、少女からの返信。
>マジっすか?
>奇襲、成功?
・・よく分かるなぁ・・。
『我、奇襲ニ成功セリ』の暗号電文は有名だ。
しかし若いナナが知っているのは、意外としか思えない。
「・・後、994回かぁ。」
ひとしきりメッセージのヤリトリを済ませ、サクラとの再会を約束した少女は、遠い眼をして呟く。
土日で六回のペースらしいので、このペースならば二年くらい。
「ひとケースが五個入りとして・・」
消費する避妊具の経費を計算する少女。
それこそ大きなお世話だ。
・・また何か変なことを始めたな・・。
学校帰りにいつものファーストフードで落ち合った少年と少女。
ブツブツと呟きながらスマホの計算機を叩く交際中の少女を少年は見つめる。
創作料理に没頭し、復刻版少年マンガをウェブで読み耽る定食屋の一人娘。
少し前は名作サイボーグもの、その前はヤンキーもの、今はボクシングものにハマっているらしい。
『左を制する者は世界を制す。』
『捻り込むようにして打つべし。』
謎のフレーズを口にしつつ、暇と場所さえあればストレート、ジャブ、フックとシャドーボクシングに余念がない。
しかも徐々にではあるが、目に見えてパンチのキレに磨きがかかっていく。
昨日は公園で額に汗を浮かべながら、制服姿で軽快なフットワークを刻んでいた少女。
傍で見ているだけで退屈しない。
・・ずっと傍に居よう・・。
少年は心に誓う。
そして時は少しずつ流れる。
五月の連休明け。
夫と連れ立ったサクラは菜々飯店を訪れる。
大盛りサービスに目を白黒させる二人。
七月半ば。
本当に必要かどうかは別にして、初めてブラジャーを着けたナナ。
「乙女の嗜みだっつーの!」
羞らいのあまり逆ギレするナナ。
八月初め。
生理不順と体調不良の為、婦人科外来を受診したサクラは衝撃的な告知を受ける。
「おめでとうございます。」
「は?」
「三ヶ月ですね。」
母子手帳、その他必要な手続き・・。
当惑しながら帰宅したサクラは悩む。
明らかな高齢出産、そのリスク。
サクラと夫の年齢、決して若くはない二人。
夫は何と言うだろうか。
「出来たみたい・・。」
「何が?」
お約束の会話を経た夫は驚天動地。
だが、夫は例によって例の如く一方的に捲くし立てる。
産もうよ、産むんだろ、産むしかないよ・・。
・・何だよ、その活用・・一方的だな。
「ち、ちょっと待って・・・」
様々なハードルとリスクを並べて説明を始めるサクラ。
それらのリスクを見過ごすわけにはいかないのは、避けられない事実だ。
頷きながら聴き入る夫。
説明すべきことは一通り話し終え、会話が途切れた時だった。
「俺は産んで欲しい。サクラはどうなの?」
・・こいつ・・
直球以外の持ち玉は無いのか・・?
「どうって・・言われても・・。」
言葉を濁すサクラ。
正直、突然過ぎて分からない。
だが、不意にあの晩、寝相の悪い少女が寝惚けて抱きついてきた記憶が蘇る。
あの生命力の塊、あの熱量を秘めた可能性そのものである存在をこの手に抱くことが出来る?
泣いて笑って怒って・・そんな存在を?
自分の子供として?
夫は言う。
勿論、検討すべき課題は多い。
諦めざるを得なくなるかもしれない。
「だけど基本的には産んで欲しい。」
・・俺、サクラの子・・
抱いてみたい・・。
「う・・ん。・・あたしも・・欲しい。」
そう口にした瞬間、サクラの気持ちは定まる。
今の今まで悩んでいたことが嘘のようだ。
・・胎内に宿った何か・・。
・・この存在を諦める?
・・出来るわけがない・・。
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