結婚して二十年。
夫婦仲は悪くないと思う。
だが、子供に恵まれなかったこともあり、また互いの仕事、特に夫については年齢的に責任のある立場になった要素もあり、徐々にではあるが、すれ違いも増えていく。
「何かキッカケがあったとか?」
・・キッカケ?
遠い記憶を遡るサクラ。
あぁ。そういえば・・。
十年と少し前だ。
些細なことで諍いをした二人は、互いの仕事の都合もあり、数日に渡り言葉を交わすことさえない日が続いたことがあった。
意地の張り合い。
大人げ無い。
互いに引っ込みがつかず、相手が先に謝るべきだと思っていた。
さすがに、との想いもあり、先に折れることにしたサクラが、週末の晩、先に床に就いていた夫の布団に潜り込もうとした瞬間であった。
う、うーん・・。
唸り声を上げながら布団ごと寝返りを打つ夫。
布団を捲ろうと伸ばしたサクラの手が宙に浮いた。
サクラは顔を強張らせて凍りつく。
拒否・・された?
後から考えれば偶然に過ぎない。
熟睡していた夫が偶然、寝返りを打っただけだ。
サクラの考え過ぎ以外の何モノでもない。
忙しい夫は帰宅も遅く、休日出勤を繰り返す。
たまの休日と言えば、うつらうつらと居眠りばかり。
折悪しく、その少し前から夫と子供について話し合う機会が減っていた。
二人は共に検査を受けたが、特に身体的な異常は見受けられない。
「女・・失格だって思った・・。」
妻として。
母親になることが出来ない存在として。
外に女がいるわけでもない。
賭け事や遊びに耽るわけでもない。
疑心暗鬼に囚われたサクラ。
自分と一緒にいることを避けているのではないか。
共に過ごす時間を減らす為に、敢えて仕事に没頭しているのではないか。
そんな日々が二年ほど続いた。
勿論、サクラとて子供ではない。
そんな息苦しい日々に耐えられる訳もない。
折り合い・・。
落としドコロ・・。
そーいうのが・・オトナってか・・。
自然、表面上は事も無げな態度を装うが、最も近くにいて、最も大切な存在が心理的に遠ざかっていく。
耐えられなかった。
無人島に独りでいるのなら、諦めもつく。
日々、顔を合わせながら、それでも独りなのだ。
いわんや、一緒に暮らしている相手なのに。
「・・『独り』は・・嫌・・。」
結果として近くはないが、遠くもない存在として継続的に共同生活を営むだけの存在。
「・・耐えられない・・。」
距離を置くこと。
端的に言えば、別居や離婚も考えた。
「でも、そんなの・・寂し過ぎるよ。」
・・だって・・
だって一緒にいたい・・。
・・大事なんだもん・・。
後は言葉に出来ない。
サクラは泣く。
しかも汚く泣く。
ぐしゃぐしゃの顔で泣く。
いつの間にかサクラの隣に座った少女。
少女は優しくサクラの背中を撫でる。
何度も何度も撫でる。
少女の空いている方の手が、サクラの手に重ねられ、指を絡めてきた。
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