四月の上旬。
まだ早朝は寒い。
先にシャワーの蛇口を捻り、水温が上がる間にバスルーム手前の脱衣所で寝巻き代わりのスウェットを脱ぐサクラ。
「え?」
サクラは動揺する。
穿いていたグレーのショーツのクロッチに黒々とした沁みが出来ているのだ。
嗅覚を刺激する濃厚な牝の香りが、その沁みの意味を示している。
浮き立っていた気分は一瞬にして消し飛ぶ。
夢の中・・指の先・・なのに・・
・・それが一瞬、触れただけ・・。
たったそれだけの夢で下着を汚す程、濡らしてしまった事実にサクラは愕然とする。
同時に最後に夫と肌を合わせてから、十年近く経過していることに気付くサクラ。
勿論、夫以外の男性とも、だ。
いつの間にか夫を性の対象と看做さなくなっていたサクラは、当然、夫からも性の対象と看做されなくなっている。
二十年に及ぶ結婚生活は、自然と二人の男女を夫婦から家族に変えていたのだ。
不意にサクラを襲う痛切な衝動。
誰かに触れて欲しい。
それは抱かれたい、性交をしたいという衝動とは微妙に異なる。
人肌が恋しい、というのだろうか。
誰かの体温を肌で感じたい、誰かに抱き締めてもらいたい。
いつの間にか生じていた肉体と精神の隙間を何かで埋めたい、埋めて欲しい。
それが自慰だけでは埋まらないことが、何故かサクラには分かっていた。
あ。
嫌だ・・。
あたし・・泣いてる・・。
堪らずバスルームに入ったサクラは、熱いシャワーを頭から浴びる。
嗚咽が収まるまで、そして涙が止まるまでの間、サクラはシャワーの下に立ち尽くしていた。
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