マンションの敷地から抜け出したサクラは、まるで漂流するように歩き出す。
確たる目的地も目的も無い。
そういう意味では『まるで』ではなく、『まさに』だ。
まさにサクラは漂っていた。
湖面ではなく海原を、だ。
静けさを湛えた波ひとつ無い湖面ではなく、寄せては返す穏やかな春の海の静かな波を感じていた。
波、それは昂ぶり。
コントロールされた昂ぶりは心地良い。
適度な刺激、適度な平穏。
薄墨色の夜空の下、時に雲間に隠れ、時に姿を顕わす細い月。
朧月夜というのだろうか。
決して主張をしない優しい月の光を、まるで生緩いシャワーのように浴びて歩くサクラ。
・・悪くない・・な・・。
ふと気配を感じたサクラが視線を投じた先、そこには小さな生き物の気配があった。
絡み合い、睦み合う小さな生き物、それは何の変哲もない二匹の猫。
二匹の猫は誰が見ても、、専門家でなくとも分かる、、そういう意味で恋のシーズンを迎えていた。
あぁ・・春だな・・。
・・いいな、お前ら・・。
そう想った瞬間、涙が溢れる。
その瞬間まで涙には、その時々で様々な感情が混ざっていると想っていた。
怒り、哀しみ、妬み、嫉み・・。
だが今サクラの双眸から溢れ出し、つるつると流れている涙には異物は混じっていない。
純粋に寂しさ故に流す涙。
寂寥感が具現化した体液だった。
何だ、これ・・。
おい・・!
おい、あたし・・しっかりしろ。
馬鹿・・・
・・・幾つだと・・思ってんだ・・。
サクラは声も出さずに涙を流す。
・・羨ましい・・。
伴侶と一緒にいることではない。
この後二匹の猫が、そういう行為に至るであろうことでもない。
季節の移り変わりに従って、決まった時期にだけ本能のままに欲情し、恋のシーズンを迎える存在。
対照的に季節を選ばず、心が乱れる自分自身が恨めしい。
涙を流しながら歩くサクラ。
ふと気付けば、そこは見覚えのない細い道。
細い道の脇には小さな公園があった。
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