『囲ワレ者の儀』まで残り僅か。
久しぶりの来客はヤヨイだった。
嬉しい筈のヤヨイの訪問を辛く感じたのは初めてだ。
「・・これ。」
無愛想に差し出した手鍋には、あたしの好物である煮物が入っている。
あの時、お赤飯のお返しといって、ヤヨイの母親が大量に作ってくれたっけ。
「・・上がって・・。」
仏間に通したヤヨイは線香を上げる。
あたしは壁に寄りかかってヤヨイの後ろ姿を見つめていた。
あれ?
ちょっとアンタ・・。
いつの間にかヤヨイの身長は、あたしに追いつきつつある。
ひょっとしたら、あたしより・・?
いつものあたしなら、近付いて背比べを始めただろうが、とてもそんな気にはなれないかった。
何より近付いてヤヨイの匂い、体温を感じた瞬間、あたしはパニックに陥るに違いない。
お別れを言おう・・。
あたしの人生、終わったからさ・・。
「・・聞いた・・でしょ・・。」
辛かった。
堕ちていく自分を恥じていた。
気が狂いそうだ。
いや、いっそ狂ってしまえばいいのに。
そうしたら何も分からず生きていけるのかもしれない。
「『カコワレモン』になるの・・・。」
・・何か・・
・・何か言ってよ・・。
・・そんな顔、見たことないよ・・。
物心ついてから、常に傍にいた幼馴染。
だが、そんな顔をしたヤヨイなんて見たこともなかった。
「・・カコワレモンになったら、、なってもヤヨイは・・来てくれる・・?」
無意味な質問だった。
あたしには全て分かっていた。
ヤヨイが何も答えないであろうことも。
ヤヨイだって何と答えれば良いのか分からないことも。
そしてヤヨイが囲ワレ者になったあたしに会いに来ることも、あたしを抱くことも決してないことも。
他の男達に抱かれ、弄ばれ、穢された身体をヤヨイの眼に晒すことは辛い。
そんな穢れたあたしが、ヤヨイに触れてもらうことは出来ない。
それはヤヨイに対する裏切りでしかない。
それでもヤヨイに逢い、触れられ、抱かれたら。
あたしの精神と身体は悦ぶに違いない。
だが同時にあたしは自分を恥じ、蔑み、絶望する。
それが分かっているからこそ、ヤヨイはあたしに会わないだろうし、触れたりしない。
あたしには確信があったし、ヤヨイにも確信があったはずだ。
・・ずっと、一緒に居たんだもん・・。
・・それくらいのこと・・
・・お互いに分かるよ、ね・・・。
だったら。
そんなにまで思い詰めているのなら。
あたしが黙って姿を消せばいい。
誰もがそう思う。
あたしもそう思う。
互いに互いの存在を忘れてしまえば良いのだ。
だから、そこだけはあたしのエゴだ。
ヤヨイには申し訳ないけど。
・・でも、そのくらい許してよ・・。
・・十五歳で人生、放棄するんだもん。
・・一年に一度くらい。ううん、何年かに一度・・
ヤヨイの姿を視界の端に捉えたり、ヤヨイの噂を耳にするだけで良かった。
何度も何度も考えたことだった。
納得出来ていたし、納得せざるを得なかった。
頭の中では、だ。
久しぶりにヤヨイの顔を見た為だろうか、あたしの感情は不意に爆発する。
先行して涙が流れた。
「・・・ワァは・・ヌシ・・の・・・」
後は言葉に出来なかった。
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