一度に大物を二尾、小物を一尾の大戦果なのだ。
いつもであれば、鼻歌混じりに木の枝で魚を串刺しにして焼き始めるのがサツキだ。
未だ暴れている折角の魚を、焚き火の前に放り出すように置いたサツキは、いつものように胡座をかいたりせず、背を丸めて無言のまま体育座りの姿勢を取っている。
「でっけぇ。」
サツキの機嫌を伺いながら、それでも本心から賛嘆の声を上げた僕は、木の枝に串刺した魚を焚き火にかざしていく。
意外なことに、先に沈黙に耐えきれなくなったのはサツキであった。
「・・ワァは・・・」
「うん?何?」
いつものサツキとは違う。
それは分かる。
だが、どこが違うのかが分からなかった。
そもそも、途中まで口に出して言い澱むサツキの姿なぞ、見たこともない。
「・・ワァは・・・」
「うん。ワァは?どうしたの?」
「ワァは女になった・・。」
「へ?」
オンナニナッタ・・?
小学五年生の男子に『女になった』の意味が、すぐには分からない。
いや、そんなことよりも目の前のサツキの態度が尋常ではなかった。
背を丸め身を縮め、あろうことか顔を真っ赤にして俯いたままなのだ。
「女になったんだってば!」
「あ、ああ。そういう意味・・・。」
晩稲の僕にも、ようやくサツキの言葉と態度の意味が理解できた。
要するに初潮を迎えたということか。
だが、今ここでそれを言われても、どうすればいいと言うのだ。
良い塩梅に焼けた魚の香ばしい匂いが、周囲に漂い始めた。
途端にサツキの腹が、空腹を訴えて鳴く。
噴き出しそうになりながら、僕は一番大きな魚を選び、枝ごと手にするとサツキに向かって差し出した。
乙女心が邪魔をするのか、サツキは躊躇うような素振りこそするものの、遂には食い気に負けて手を伸ばす。
互いに焼けた魚を食べながら、僕はサツキをチラチラと見やる。
オカッパに切り揃えられた髪を振り乱し、無心に焼き魚にムシャブリつく素っ裸の河童。
河童にも性別があるのだろうか。
無邪気な疑問ではあるが、それを言葉にする程、僕は無神経ではない。
くしゃんっ
不意にサツキがクシャミをした。
寒いのだろう。
初夏とはいえ、川の水は意外に冷たく、しかも川から上がったサツキは身体を拭きすらしていない。
そう思った僕は、脱ぎ散らかされたサツキの服をまとめて渡す。
神妙な表情を浮かべながら服を受け取ったサツキは、下着を身に着けようとするが、その動きを途中で止めた。
「・・・でよ・・。」
「へっ?」
今日、何度めかの間抜けな返事が、遂にサツキの逆鱗に触れた。
「見ないでよって言ってるの!」
焚き火を挟んで僅か二メートルも無い距離にいながら、見ないでよ、もないものだ。
「あっち・・向いて。眼も閉じて・・。」
はい、はい、とばかりに眼を閉じて身体ごと向きを変えた僕の耳に、ゴソゴソと衣摺れの音が聞こえる。
「も、もういい・・よ・・。」
耳まで赤くなったサツキは、ワンピースの裾を整えながら座ると、再び魚を食べ始めた。
互いに一尾ずつ食べ終わると、小さめな一尾が焦げ始める。
「いいよ。食べなよ。」
まただ。
何があったのだ。
いつものサツキであれば、当然の如く最後の一尾を平らげる。
遠慮なく頂こうと手を伸ばした僕に向かい、サツキはボソボソと呟くが聞き取れない。
それもその筈。
サツキは体育座りをしたまま、顔を伏せ、額を自分の膝に押し付けるようにして呟いているのだ。
ずり上がったワンピースの短い裾からは、サツキのパンツが丸見えになっているが、そんなものは珍しくも何ともない。
「ん?何?」
「・・本気だよ・・。」
「だから何が?」
「ワァはヌシの嫁になる・・。」
驚いた。
手にした焼き魚を取り落す程に驚いていた。
発言の内容ではない。
サツキの表情だ。
頬を染め、羞じらう少女の表情は、いつの間にか河童ではなくなっていたのだ。
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