ムッツリとして歩く僕の背後に足音が聞こえた。
振り返らなくとも分かる。
サツキの足音だ。
川沿いに設えられた自然の堤防沿いに、トボトボと歩いていた僕を追ってきたのだ。
同じ小学五年生。
サツキは僕よりも背が高く、何事につけてもハシっこく要領が良かった。
そんなサツキは常に僕をノロマな弟か、子分のように扱う。
だが、その日は違った。
「・・怒った?」
「・・怒ってない。」
怒っていたとしたら、それはサツキに対してではなく自分に対してである。
男として不甲斐ない自分自身に対する憤り。
無言で歩く二人。
「腹、減った・・。」
「へ?」
不意に呟いたサツキに、間抜けなリアクションを返した僕。
サツキは僕の手を取り、堤防を駆け下りて河原に向かう。
蛇行して流れる川の小さな淀み。
入り口が雑木林に覆われている為、ここは僕とサツキだけの秘密の場所である。
グイグイと引き摺られるようにして、僕はサツキに尾いていく。
嫌も応も無い。
着いていかざるを得ない。
着いた。
大きな岩に囲まれた静かな淀み。
ぱしゃっ
大きな鱒が水面に跳ねた。
「・・火ぃ、起こしといて・・。」
言いながら赤いランドセルを河原に置き、ツルリと紺色のワンピースを脱ぎ去ったサツキは、一瞬だけ躊躇った後で、シャツとパンツをワザとであるかの如く、乱暴に脱ぎ捨てた。
すらりと伸びた細い手脚、未だ肉の薄い躯は華奢な男の子と見紛う程。
唯一違うのは、僅かに膨らみ始めたばかりの胸と、そこに尖がる米粒大の乳首だけだ。
一糸纏わぬ姿で河岸に近づき、躊躇いなくサツキは水中に姿を消した。
こうしてはいられない。
乾いた流木を集め、隠してあったマッチで火を起こす。
素潜り漁ではサツキに及ばないが、焚き火の準備であれば、お手の物だ。
ぱちっばちぱちっ・・
手際良く焚きつけた火が、不規則に火の粉を散らし始めた。
ざぶっ
じゃばっ
何度か水面を叩く音が聞こえていたが、不意に水面が鎮まりかえる。
妙だ。
長過ぎないだろうか。
思わず立ち上がった僕が、河岸まで足を運んだ時であった。
ざばぁ、ざぶじゃぶじゃぶ・・・
いつものように不安が頂点に達した頃、盛大な水飛沫とともに姿を現したサツキは、、これもいつもと同じ、、河童にしか見えない。
左右の手に大きな鱒を一尾ずつ、小振りな一尾を口に咥え、濡れたオカッパ頭を振り乱した裸の少女は、古くから河の民の間に伝わる妖怪そのものだ。
だが、河童は、いや、今日のサツキは、いつもと違う。
普段のサツキであれば、勝ち誇った表情を浮かべ、両手に掴んだ鱒を高々と掲げながら、大股で焚き火に近づいてくる筈だ。
だが今日のサツキときたらどうだ。
身体の具合でも悪いのだろうか。
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