【14】甦る佳代の記憶と欲望
小屋を出ると、男たちの1人が指差した方にタクシーが停車していた。
若い男2人に支えながらタクシーに近づく。
運転手がドアを開けると、ふらふらと佳代が乗り込む。
地元の人間だろうか。もう意識は朦朧としていた。
運転手に男の中の1人が耳打ちをする。
「了解…」
佳代には聞こえていなかった。
ドアを閉めた後、運転手は佳代を振り返り、
「お客さん、どこまで?あの人たちからお金は頂いてるんで、行き先を」と声をかけた。
「●●市の…▲▲の…××駅まで…」
佳代の住む家の最寄の駅の名前だった。駅からなら、5分で自宅へ戻ることが出来る。
「かしこまりました。また近くなったら声をかけますんで」
そう言うと車が走り出した。
佳代は今日起きたことが現実だと受け入れられず、口を半開きにしたままぼんやり車窓を眺めた。
身体中の痛みと疲労感、そして空腹なところに酒が入っているため急激な眠気が襲いだす。
「私、眠っても…」
そう言うと、運転手はとても優しい笑顔で「ええ、××駅に近くなったら声をかけますから」と答えた。
(××駅…近くの公園だけどね)
ナビを見つめる運転手の口元は歪んだ笑みを浮かべていた。
安堵して目を瞑る佳代は、タクシーの車中、今日自分の身にふりかかった出来事を思い出した。
まるで夢のようだった。嬉しかったとか、ではない。
何故、自分なのかということ。そして、眠気におそわれながら、佳代の記憶が甦り始めていた。
前日の夕食のとき思い出した、佳代の幼少時期。
きっかけは佳代の従兄弟だった。従兄弟の両親はとても厳しく、平気で子供たちを叩く。大事に育てられていた佳代にとっては怖くて仕方の無いことだった。
だが年齢の近い従兄弟たちは、喧嘩も日常的であり、1番の年上の佳代は、子供たちを仲良く遊ばせるよう親から言われていた。
佳代は、従兄弟たちが来ると、喧嘩しないようにすることに懸命になっていた。
当時、佳代は小学生に入る頃で、従兄弟は自分よりも年下。1つ下と2つ下の男の子、そしてその妹。
あるとき、従兄弟たちと遊ぶうちに、上半身を布団の間にはさめられた佳代は、自力では出られなくなってしまった。
「出して、出してよ」
佳代が必死に訴える。布団から飛び出した下半身に手がかかる。
「黙ってろよ」
3人の従兄弟のうち、1番上の男の声がする。
佳代に言ったものか、妹や弟に言ったものかはわからない。
だが。佳代が期待していたこととは違う遊びが始まってしまったのだ。
ジャージだけを引っ張った為、パンツ姿になる。
「恥ずかしい~」
子供たちには、こうした行為は「恥ずかしいこと」として教えられているが、従兄弟たちには新しい遊び、新しい玩具に映った。
(いや!やだ!はずかしい。やめて)
佳代の想いも空しく、パンツに手がかかり、明るい陽の光の中3人の前に晒されていった。
(お母さんに、ダメだと言われてるのに…) これは佳代の母親からの教えだった。恥ずかしい部分は決してお友達の前などでは見せてはいけない。
佳代の母親もまた、幼少期に性的な悪戯を受けていおり、佳代には身を守る為に必要なこととして、そのように教えていた。
母親の言いつけを守れなかった佳代は、自分自身がとても汚されたように感じてしまい、恥ずかしさで押しつぶされそうになっていた。
消えてしまいたい。
指で触ってみたり、おもちゃのロケットパンチをあててみたりと、従兄弟たちは楽しそうにしている。
勿論、親にみつかっては叱られる為、こそこそと、遊び続けた。
(どうしてだろう。普段は喧嘩をする従兄弟たちが、私が恥ずかしい格好をすると仲良くしている…)
罪悪感と、汚された感覚、そして恥ずかしさでいっぱいだった佳代。
小さかった佳代が自分の心を守る為に言い聞かせた言葉は、「私は、人形なんだ」だった。
人形なら、パンツを見られても恥ずかしくない。勿論それ以上の部分を見られても。
おとなしくしていれば、苦痛の時間もやがて過ぎるだろう。それ以上は傷つけられず、恥ずかしい秘密も、秘密のままになる。
この体験と、心の中の想いが、性的に歪んだ佳代を作り出すきっかけだった。
やがて、佳代は大人になり、幾つかの恋愛もした。
初めての体験を迎えたときにも、このときと同じように恥ずかしさと汚らわしさから逃れたい一心で「私は人形だ」と言い聞かせた。
隆と出逢った頃には性的な喜びを身体が覚え始め、「人形」と言い聞かせなくても、素直に受け入れられるようになっていた。
遠い記憶。
そして、先ほどまでの体験で、佳代は自分の気持ちがわかってきた。
「人形になりたい」
愛する男に伝えても、なかなか理解しづらいことだろう。
ずっと言えなかった。ずっと叶わないと思っていた。
レイプなのか、悪戯なのか、自分から望んだことなのか、佳代はわからなくなり始めていた。
やがて考えることをやめ、眠りについた。
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