別に目にした光景が、異常だったり
おかしかったわけでもなんでもなかった。
ただ、俺には重かっただけなんだ。
現実というやつが。
俺の視線の先にはカリンが居た。
楽しそうに男子の輪に混ざり
横断幕をつくるカリンを見た。
5秒前まではその笑顔が見たくて
学校に通えてた自分がいたというのに、
今となっては、どうだ。
今すぐにでも立ち去りたい、見ていられない。
そんな負の衝動がこみ上げてきた。
両手には大量の絵の具や筆の入った
カゴを持っており、重さは5キロは
あっただろうか。
放心状態となっていた俺は
足にカゴを落としてしまった。
不思議なものだ。
痛覚というのは人間に危険を知らせる
最も万能なレーダーだというのに
俺は痛みすら感じなかった。
感情というものは人の神経すらも
ジャックしてしまうのかと、
どこか、その時思っていた気がする。
落ちたカゴから絵の具の容器が
カラカラと音を立てて転がっていく。
次第にあっちらこっちらの生徒が
俺を囲みはじめる。
今思えばそりゃそうだと思う。
体操服を着た生徒が微動だにせず
教室の前で立っており、その本人は
ただ涙を流しているんだから。
「おいおい、篠原がなにかやったのか?」
「なんか、急に3年5組を覗いてああなったらしいぞ」
そんな会話を呆けた意識の中
聞いたのは覚えている。
俺は我に返ると作業場に置いた
鞄も制服も取りに戻る事なく、
自宅へと逃げるように帰った。
何度も何度も俺を呼ぶかのように
バイブする携帯電話を片手に
靴を乱暴に脱ぎ捨てて、自分の部屋へ。
感情なんてなかった。
なぜなら感情すらを失ったから。
俺は狂ったかのように不気味な笑みを
浮かべなから、ぞくにガラパゴス携帯と
呼ばれるそれをへし折った。
学校に行く理由が恋1つであった故に
なくなってしまえば辛いものだった。
母の紀美子は学校に呼び出されたみたいで
帰ってくるなり俺に説教を始めることだろう。
ふと、時計を見るともう夜中の11時である。
帰ってきたのは6時で5時間程寝ていたのか
冴えた目を外にやると、なんだか
目の前に落ち着いた世界が広がって見えた。
そう、昼夜逆転という奴だ。
紀美子はまだ帰っていなかった。
このままどこかにでも行こうかと思った。
不意に少し考えた後、自然に声に出していた。
「学校になんて行かなきゃいい」
何か、急に解放された感じになった。
別にサボりたい精神があったわけではない。
ただ、もう学校が辛かったのだ。
学校から逃げてきて、明日からも
俺に居場所があるだろうか?
…。
あるはずがなかった。
俺はそう、自己解決を済ませると
正常な判断ができない脳に従い、
ハサミを手に取ったのだった。
続く
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