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「ほんとうに、あたしはなにも知らないんです。嘘じゃありません」
事務所と思われる部屋に入るなり、由香里は俯き加減にそう言い放った。
そして部屋中に配置されている豪華な調度品を一瞥し、学生時代に一度だけ入ったことのある校長室みたいだなと、どうでもいい感想を抱いた。
しかし彼女を取り囲んでいるのは良識のある聖職者ではなく、狂犬のごとく欲望を剥き出しにした浮浪者たちなのだ。
「可愛い顔してりゃ、なにやっても許されると思ったのか?」
と髭の男。
「ずるいことなんて、素人のあたしに出来るわけがないじゃないですか」
「素人の人妻か。こりゃいいや」
と茶髪の男が由香里に歩み寄る。
それを避けようと後退りした背中に猪男の贅肉(ぜいにく)が触れ、さらには両肩を抱きすくめられてしまう。
「いやっ。放して!」
由香里が足をじたばたさせると、そのベロアのミニスカートから覗く白い太ももが、彼らの生まれ持った生殖器をいたずらに刺激するのだった。
「なあに、ちょっとした身体検査だよ。それでなにも出てこなかったら、さっきまでの分、耳を揃えて払ってやろうじゃないか」
「あたしの体にひどいことしたら、あとで警察に……」
そこまで言って、それが出来ないことに由香里は気づいた。育児放棄みたいな真似までして、旦那に黙って生活費を持ち出し、それを賭け事につぎ込んでいるのだ。事情を喋ったところで、
「それこそ自業自得だ」
などとあっさり言われ、自分の手元にはなにも残らないような気がした。
そんな彼女の心境を見透かしたのか、ふっと力の抜けたその手足に、胸に、内股に、男らの乱暴な愛撫がマシンガンのように繰り出された。
「いやあああ!」
金属音に似た悲鳴とともに、由香里の着衣は散り散りに引き裂かれ、あとに残ったブラジャーとショーツが唯一の貞操帯に変わり果てた。
女性用下着売り場に飾られたマネキン、それがいまの彼女の姿なのだった。
「なるほど、なかなかいいもん持ってるじゃねえか」
この台詞は由香里のバスト、ウエスト、ヒップに向けられていた。適度に脂がのっている。
「自分で脱ぐか、俺らに脱がされるか、どっちを選ぶ?」
「これだけは許してください」
部屋の真ん中に一人放置された由香里は言いながら、あまりの恥ずかしさに為す術もなく、もじもじと手指を揉んで気を紛れさせている。
腹部に薄く残る妊娠線の跡にしても、女性器とおなじくらい、誰にも見られたくない汚点なのだ。
「あんた、がきを産んだばかりなのか?」
相手が目ざとく訊いてきた。
由香里は頷いた。
「だったらさあ、ご無沙汰している股座(またぐら)の穴が、口寂しいって具合に疼いてんじゃないのか?」
言った男の目の色が、カメレオンのように変色して見えた。そして爬虫類の長い舌に巻かれ、捕食されるに違いないとも思った。
髭面の男がぱちんと指を鳴らすと、格下と思われる残りの二人が由香里を前後から挟み、そのブラジャーのカップの中に、ショーツの内側のホットスポットに、がっつりと指を差し入れた。
「やめてえ。いやあ!」
耳鳴りがするほどの悲鳴が密室に響き渡る。
そんな由香里の反応を鼻で笑う男と男と男。
満員電車の中で行われる痴漢行為を錯覚させていながら、しかしその魔手は、由香里の乳首と膣をいじくり鞣(なめ)していた。
「あんたみたいないい女、久し振りだよ」
と悪臭を放ち、
「しこしこしたら、母乳が出るんじゃねえか?」
と乳首をしごき、
「俺の精子を恵んでやってもいいぞ」
と膣内を掻きまわす面々。
由香里はかるいパニック状態に陥り、酸欠気味に呻いたり喘いだりした。
彼らに犯される──そう思った瞬間だった。
「そこまでだ」
鍵のかかっていないドアが蹴破られ、威嚇を含んだ声がした。
何事が起きたのかと、全員の視線がそちらを睨む。
すると背広姿の二人組の男が、ずかずかと立ち入ってきた。
「おまえさんたち、こんなところでなにをやっている?」
鉄砲風を吹きかけるみたいに、訪問者の一人が言った。
「あんたら、誰?」
髭の男も臆さず言い返す。
そこで背広の片方が藤川と名乗り、同時に手帳を見せた。次いで年配のほうは大上と自称し、こちらもおなじく手帳を提示した。
それがどういう意味なのか、その場にいた誰もが瞬時に理解した。
由香里を取り囲んでいた三人はそれぞれに散らばり、
「刑事が雀荘なんかに、どんな用件で?」
「なにか事件でもあったんですか?」
「この女の子はなんでもないんで」
と口を揃える。
大上はとりあえず自分の上着を由香里の肩にかけ、
「ここにいる連中に、なにをされていたのです?」
と視線を巡らせた。
「なんでもありません。あたしが勝手に脱いだんです」
由香里はそう言って背中をまるめた。
「まあ、そのあたりの詳しい話は、あとで聞き取りさせていただきますので」
と厳しい顔つきの大上は由香里に腕を組ませ、
「おまえさんたちにもすぐにお呼びがかかるだろうから、せいぜい外に出ても恥ずかしくない恰好をしておくんだな」
と男らに向かって声を張った。
それに対して反論する者はいなかった。
行きましょうか、と藤川が先を促し、続いて大上と由香里も部屋をあとにした。
あれはどう見ても熊か猪だ──先ほどの男らのうちの一人を思い出しながら、藤川は吹き出しそうになった。
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