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『雀荘ドラゴンヘッド』の看板に灯りが灯ったのは、陽も暮れかけた午後五時くらいのことだった。
五分ほど前に三人の男らが店内へ入っていくのを目撃しているので、北条は同行の人間に合図を送り、二人して行動を開始した。
薄暗い店の通路はかなり狭くなっており、よっぽどの理由でもないかぎり、一般人が好んで足を踏み入れるとは思えないほど汚れている。
「幽霊屋敷みたいですね」
と愚痴ったのは、北条の前を行く五十嵐(いがらし)という刑事だ。三十八歳の北条から見たら、ちょうど五年後輩ということになる。
「さっそく怖じ気づいたのか?」
と北条。
「いいえ、わくわくしているところですよ」
「相手は幽霊なんかよりたちが悪いかもしれないんだ。油断するなよ?」
「もちろんです」
気合いを入れなおしたところで、二人は軽快に階段を上がり、目的の部屋へと踏み込んだ。
学校の教室ほどの広さがある部屋に、点々と雀卓が置かれていて、すでに何人かの客が麻雀に興じていた。看板に灯りがなくても、営業自体はすでにやっていたようだ。
「お楽しみのところ、申し訳ありません。ここのマネージャーに会わせてください」
五十嵐は手帳をちらつかせながら、フロア全体に声を響かせた。
客は皆一様にこちらを振り返り、ある者はその目に殺気さえ滲ませていた。
間もなく奥のドアが開き、髭面の男が顔を覗かせた。そして二人の刑事を睨みつけたあと、こっちへ来いというふうに顎で示し、北条と五十嵐を事務所へ招き入れた。
「我々がここに来た理由については、説明を省かせてもらいます」
がらの悪い三人の男を前に、北条は凛とした態度で切り出した。
「俺がマネージャーの馬渕(まぶち)だ」
と髭の男が偉そうな口調で言った。椅子に座ったまま、両脚を机の上に投げ出している。
北条は一枚の写真をその机の上に出し、
「この女性がここに訪れたことがあるはずなんですが、見覚えはありませんか?」
と馬渕を見下ろしながら尋ねた。
ほかの仲間二人は馬渕の出方を窺っている様子で、なかなか口を開こうとはしない。
「嘘の証言をしても、どうせ後でわかることだ」
五十嵐はやや強めに警告した。
「この写真の女性、名前は青峰由香里、二十五歳の専業主婦だそうです」
北条がそう念を押すと、
「確かにここへ来た」
と馬渕が口を割った。続けて、
「ここには来たが、ほかの客に混じって麻雀をした、ただそれだけだ」
と断言した。
「じつは彼女、この雀荘を訪れたと思われる翌日の早朝、早乙女町の公園で発見されています」
「だから何だ?」
「喋れなくなるほど性的暴行を加えられたあと、ごみ袋に入れられた状態で放置されていたのです」
北条のこの言葉に、馬渕を含めた三人の顔に動揺の色があらわれた。
「俺らはほんとうに何も知らないんだ。ちゃんと調べてくれ」
馬渕が目を剥いて訴えてくるのを北条は手で制し、新たな写真二枚を提示して、
「そこでです」
と改まった。
「この男性二人の顔に見覚えは?」
「ああ、この刑事ならよく覚えてるよ。こっちが大上で、こっちが藤川、だろ?」
馬渕の証言を聞くなり、北条と五十嵐は顔を見合わせた。
「彼らはここで何をしていたのでしょう?」
北条がさらに追求する。
「何って、そりゃあ、あんたらとおなじ刑事なんだ。そっちで話はついてるはずだろう?」
「先ほどの青峰由香里絡みの内容、というわけですね?」
「とぼけやがって」
そう言って馬渕は、ふん、と鼻から息を吹いた。
今度は自分の目の前で二人の刑事がこそこそやり始めたもんだから、それが余計に気に入らない。
税金の無駄遣いばかりしやがってと言わんばかりに、馬渕は煙草に火をつけ、その煙で彼らを追い払おうと目論んだ。しかし効果はあまりなさそうだった。
「すみません、最後の質問です」
この台詞を言ったとき、北条は目に意識を集中させた。そして冷静に相手を見据え、
「青峰由香里は、どのような経緯でこの雀荘を訪れる気になったのでしょうか?」
と迫った。
相手の返答しだいでは、吉にも凶にも転ぶ可能性がある。
「顔見知りの女に薦められたみたいだぜ」
馬渕が喋ったこの事実を聞いて、ここが事件のターニングポイントになるだろうと、北条は手応えを感じていた。
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