学生のアルバイトにみえた。
用紙をはさんだクリップボードとボールペンを持ち、
笑顔で話しかける姿。さわやかな男だった。
「急いでいるので」
街で配られているテッシュも受け取らない香織は
当たり前に断り足を進めようとする。
「お願いします、誰も答えていただけなくで困ってます」
香織は彼のその言葉に気をとられる。
営業の仕事をしていた時、誰にも相手にされず、
それでもノルマに追われ、辛かった時を思い出した。
だから気にとまった。それに年下の男の弱気な姿に
なにか助けてあげたいと思えた。
「じゃぁ少しの時間なら」
香織のその言葉を言うと男はかぶせるように
「ありがとうございます!」と言った。
その爽やかさに香織はまた彼を可愛いと思った。
「スマートフォンお使いですか?」
アンケートはスマートフォンについての簡単なアンケートで
無料のアプリをいれて欲しいとそんな話だった。
「買い換えたばかりなの、使い方難しくて」
正確に言うと難しくではなく使う機会があまりなかった。
香織はパソコンを使用できるからスマートフォンも少しいじれば
すぐに慣れるはずだが、触る機会はあまりなかった。
アンケートに記入する。
「SNSとか使用しますか?」
「いえ、いまは夫と友人との連絡にメールと電話くらい」
「ご結婚されてるんですね」
他愛のない会話だった。
アンケートの最後にメールアドレス記入欄がある。
「もしよかったら記入してください、DMですがお得なサービス配信しています」
香織は少し迷ったが彼の爽やかさに怪しむ事もなく記入する。
「ご協力ありがとうございました」
そう言いながら爽やかに挨拶した彼の笑顔が、また香織をくすぐった。
20代の頃を思い出す。
仕事ばかりで彼みたくさわやかな男との付き合いはなかった。
大抵仕事場で出会う年上の男。お酒を飲まされて、まぁいいかと体を許す
それはそれでよかったが、思い返せば香織にはそんな経験しかなかった。
今になって思うと男性との付き合いに物足りなさを感じているのかも
知れない、そう香織は思った。
電気量販店に寄ったあと、洋服店に立ち寄る。よく利用する店で
綺麗に陳列された洋服を触りながら、
<彼が好みの服はどれだろう・・・>
そう思いながら服を選ぶと、香織は少し高揚できた。
翌日、資格学校で受講中、机に置いた香織のスマートフォンから着信音が鳴る。
香織は恥ずかしながら
「すみません・・・」といい着信音を止めた。
電卓を利用するため机に置いていたスマートフォン。
受講中の日中は、仕事中の夫からも友人からも連絡はないから
マナーモードにもしていたなかった。
スマートフォンをマナーモードに切り替えながら画面をみると
メールが着信している。
メールアドレスは電話帳には登録していない見知らぬアドレス。
件名は「昨日」とある。
本文を開けば、「昨日アンケートを受けていただいた・・・」
とあった。彼からだった。
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