気が気じゃなくて、おちおち休んでもいられなかった。
少しでも冷静になる必要がある。とは思うものの、今となっては冷静になる方法すら思い浮かばない。
山の中で時間を潰し、部長の死に様から、24時間たった。
度々つけるラジオからは、ドンドン状況が悪化している事がわかる。
しかし、まてよ?
ラジオでも『動機については、まだ、不明瞭な点が多く捜査にも難航する見込みも…』
そうだ!
俺には、動機がない!
部長を殺す理由が何一つないじゃないか!
ようやく、この考えにたどり着くまで、かなり時間が経過してしまった。
人間、焦っていたり、パニックを起こしている時などは、普段考えつきそうな事も思い付き難くなるものなのだ。
そう思ったら滅入っていた気が少しづつ晴れていく。
思い直して出頭しようと思い、山を降りて近くの交番に出頭した。
『君だね…?良く出てきてくれたね。県警や本調に報告する前に話しを聞こう。私はね。イヤね君は犯人じゃないと踏んでるんだよ。先ずもって動機が見当たらない』こう、せっしてくれたのは上原巡査。
ひなびた交番の取調室で暖かいお茶をいただき
上原巡査の好意だった。
『腹は減ってないかい?』
そういって出前をとってくれた。
いろんな意味で自分的に落ち着きを取り戻し、今までの経緯を上原巡査に話した。
『なるほど。良くわかったよ。君は利用されているのかも知れないな。ちょっと待っていてくれるかい?』
そう言うともう1人の巡査に『たっつぁんに来て貰うように電話してくれないか?』
『了解しました!さっそく立川さんに来てもらいます!』そう承た巡査は年若で、まだ、20代前半だろう。まだ初々しさがあった。
制服も何処と無くピカピカだった。
上原巡査が『吸うかね?』そう言って差し出した煙草をもらい、火をつけて貰う。
上原巡査が自分の中のモヤを吐き出すように白い煙りを フゥーッと吐き出しながら
『煙草なんてね、百害あって一利なしって言うがね。こう言う時はいいもんだよ。落ち着けるだろう?』
この上原さんなら、信用できそうだ。
そう直感した。
やがて、立川と言う刑事が現れた。
別室で上原さんと話しをしているようだ。
暫くして上原さんは立川刑事を伴って取調室に現れた。
『立川だ。話しは聞いたよ。災難だったな。君の疑いは直ぐに晴れるだろう。その為にも署に来てもらいたい。そこで、ちゃんとした調書をとる。いいね?』
すると横から上原巡査が『立川さんに任せておけば大丈夫だから』その言葉が、とても勇気付けられた。
年の頃は40半ばか?
色黒で四角い顔で笑いシワがあった。
少し右足が悪そうだった。
世の中には、この上原巡査みたいな警察官もいる。
また『困ったらいつでも力になるからね』そう言ってくれた上原巡査の言葉が背中にあって心強かった。
署へ移動の車の中、立川刑事が口を開く
『上原さん…いい人だったろ?』
俺も屈託なく
『はい』と答える。
車を運転しながら立川刑事が続ける。
『上原さん。足が少し悪いんだ。
昔な、上原さんデカだったんだ。』
上原巡査は、10年ほど前に奥さんと娘さんを亡くしていた。事故だったと立川刑事が話してくれた。
しかし上原さんは当時、ある窃盗事件で少年を二人追っていた。
そして二人の居所がわかり、向かう途中で奥さんと娘さんが事故に遭遇した事を聞かされた。
あと少しで逮捕できる状況だ。
上手くいけば応援が到着すれば交代できる。
それまでは…そう思ったらしい。
応援が遅れていて、隠れ家から、二人は出そうだった。
張り込んでいた上原さんは、居てもたってもいられずに踏み込んだ。
家族の危機が、ベテラン刑事の冷静さを奪った瞬間だった。
二人の少年達は改造エアガンを所持、上原さんは足を射たれた。
結局、少年二人を逃し、家族とも最後の時すら逸してしまった。
以後、上原さんは自分を責めた。
やがて仕事も休みがちになり、酒に溺れた。
奥さんがいた時は煙草は止めていたらしい。
上原さんが戻ったのは、無くなった娘さんと同い年の娘が誘拐された事件だった。
立川刑事は『恐らく、亡くなった娘さんと被害者の娘さんとが、重なったんだろう。上原さんは担当を願い出たんだ。で、無事、事件を解決するとみずから、交番勤務を願い出た。自分で街や人の目や口になるんだっていってね』
車が止まり署についた。
立川刑事は言った
『いいかい。これは任意だ。だから手錠もしない。堂々としてればいい。誰かに何かいわれても気にするな。いいね?いくよ』
署に入るなり『おいっ!!そいつ!!』
『立川!!手錠はどうしたっ!!』
怒号が飛び交う
立川刑事は、そっと『大丈夫だ、気にしないで歩け』
そう言うと取調室まで一気に進んで俺を中にいれると怒号の中へ再び戻っていき『いいか!任意だ。取調はこれからなんだぞ!!それにまだ、星と決まった訳じゃないだろ!!』
そんな声が聴こえてきた。
すると『なんだ?また上原の真似事か?仲良しごっこか?あはははっ』
なんだか、俺まで悔しく握り拳を固くしながら立川刑事の戻りをまった。
やがて調書をもって立川刑事が戻った。
おかしな話しだが、今は立川刑事や上原巡査がいてくれると落ち着くのだ。
それだけ
真相を探ろうと必死なのが伝わる。
取調室で立川刑事と向かいあう。
立川刑事は『さぁ、はじめよう。気を楽にね…』
(つづく)
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