『ヴァギナビーンズ症候群』
12
次の週も、またその次の週も、琴美は身を清めて郡司の前に姿をあらわした。
ある時には、昨年の夏祭りでの思い出が詰まった浴衣を持参した。
華道で習ったとおりに着付けをこなし、長い髪を後ろで結い、薄い化粧を施した。
藍色の生地に色鮮やかな朝顔などをすり流した浴衣のデザインが、彼女の雰囲気に凛々しさをあたえていた。
わずかに露出した手首や足首、うなじから胸元にかけての肌色は、しっとりと柔らかい印象を郡司に見せている。
テーマは『初夏』だった。
琴美は台座の上で腰をくずして脚を斜めに投げる。
庭先で摘み取ってきた紫陽花をそのまわりに配置すると、いよいよ郡司の指示が飛んできた。
「浴衣を着くずして、わたしを誘って魅せてくれ」
彼の目の奥の眼光が鋭くひかり、彼女に有無を言わせない。
琴美は浴衣の裾をそろりとたくし上げ、ふくらはぎの白い肉付きを晒してみた。
若竹のように関節の細い指で裾をつまみ、優雅な手つきでさらに捲り上げていけば、太ももの奥に淫らな陰影がのぞいて見える。
はじめから下着は着けていない。だからそこを明かるく照らして視線を送るだけで、股間の肉割れた様子が目に飛び込んでくるはずなのだ。
「はんな……あんふうん……はふう……」
琴美はわけもわからぬ吐息を漏らしながら、惜しみなく局部を披露した。
数日振りに見るそこはもう綺麗に剃毛されていて、まだ初潮を迎えるまえの少女の姿に返ったような湿り気を帯びていた。
しかしそこから漂ってくる匂いはやはり、汗や尿の臭気は少なく、下り物が混じった体液の濃厚な匂いを発散してくる。
犯してしまいたい、郡司は年甲斐もなくそう思った。
そんな男の目の前で琴美は浴衣から肩をはだけさせて、はらりと乳房の谷間を差し出す仕草をする。
まさか母乳が出るわけでもないのに、その輪郭をやさしくしごいて、ようやく懐から乳首を寄せ上げる。
紫陽花の葉っぱにかたつむりを見つけると、彼女はそれを捕らえて体に這わせた。
「あん気持ちいい」
うようよと動きまわる小さな快楽が、彼女の肌を舐めつづける。
そして何より浴衣女性に似合うもの、それはそれは立派な夏野菜が収穫済みの姿で転がっているのだった。
胡瓜は青く、茄子は紫に育っている。美味しそうなその見た目に満足して、琴美は胡瓜と茄子を手に握った。どちらもしっかりと実の詰まった手応えがある。
性欲の前では琴美もただの女だった。半熟状態に濡れた膣を割り開いて、生野菜の竿を挿入して膣に馴らしていく。
にちゃくちゅくちゅ……くちょねちょねちゃ……ちゃぷちゅぐ……。
気持ち良さそうな彼女の表情が、さらに気持ち良く弛んでしまう。
女らしく両脚を内側に折っていても、その手に握ったものは常に正しい位置を突いて休まない。
胡瓜の青い汁が、茄子の紫の汁が、琴美の浴衣を汚してしまっても、オルガズムに突き上げられるまでオナニーをやめようとはしない。
もう何本もの胡瓜と茄子が愛液でくたくたになって、彼女の足元に散乱している。
琴美は足の指を閉じて開いて、また閉じて開いて、そのままオルガズムを迎えた。
乱れた浴衣はそれでも彼女の最後を華やかに飾り、その一部始終を郡司はただただ絵に残すのだった。
またある時には、レンタルペットショップから二匹の蛇を借りておいて、それがアブノーマルな行為だと自覚しながらも、琴美は彼らと絡み合ってみたのだ。
滅多に見せないノーメイクにも自信が持てるようになり、裸でいられることに快感をおぼえたりもしていた。
郡司はこう言う。
「きみも大人の女なのだから、怒りたい気分のときだってあるだろう。理屈に合わない条件に対して、噛みつきたくなることもあるだろう。ならば、そのストレスを溜め込んで子宮を老けさせてしまうより、欲望の向くままに、悦楽、快楽、極楽を受胎して、今ここで不平不満を分娩してしまえばいい。人体とはきみが思っているよりもずっと単純で、女とは男が思っているよりもずっと賢いはずだからな」
難しいことを言われているという感覚は、琴美にはなかった。
彼は時々こうやって難解な文句を彼女に吹きかけ、脳細胞に柔軟体操をさせているのだと腹で笑う。
そうすればもっと深いところでアクメを果たすことができて、一回分の行為で消費するカロリーも女性には理想的な熱量になるらしい。もちろん根拠はない。
琴美は、ふふっと微笑んでから、「河原崎先生って、気持ちは少年のままなんですね」と自分の着衣に手をかける。
そんな動作ひとつにしても、十代の頃には無かった色気や貫禄が、二十代になってようやく追いついてきたような気がしていた。
その日はワンピースを着て訪れていた。外を歩けば街の風景に溶け込んでしまうほど、どこにでもいる二十四歳の女の子にしか見えない容姿だ。
ところが彼女は小さなケージをアトリエに持ち込み、そこから二匹の蛇を出してみせたのだ。
もちろんそれを指示したのは郡司のほうだったが、まさかほんとうに爬虫類を引き連れて来るとは驚きであった。
「扱い方はわかっているのかね?」
「もちろん……わかりません。体で覚えるつもりです」
いつも恥じらいだけは忘れない彼女は、そう言って下唇を噛む。ワンピースから肩を抜いてしまうと、それは足元に輪っかをつくって脱げ落ちた。
下からあらわれた姿はスリップ一枚だった。
上等な生地の肌着だと彼は見抜いた。
それもまた束の間で役目を終え、被写体は全裸になってわなわなとしゃがむ。細い腕一本で双方の乳首を隠す格好をして、局部は床に着地させている。
そしてケージの中から三匹目の蛇を取り出したように見えたのは、太くて赤いロープだった。それは一部のマニアが愛用する、特別なロープだ。
「先生、これで私を縛ってください」
彼女は大男に訴える。
「それじゃあ、きみの体に触れてしまうことになる。それを許すのか?」
琴美は唾を飲み込んで、こくんと頷く。
察して郡司は険しい目で彼女のそばまで歩み寄った。手に汗を握っているのは、若い娘と肌を合わせられることへの興奮にちがいなかったが、それが叶えば何かしらの新たな犠牲が生まれるのではないかと、自分の余命の心配をせずにはいられないのだ。
しかし、と彼は思う。彼女に対する特別な感情が生まれつつあるのも、どうやら思い過ごしではないなと感づいている。
まさか親子ほど歳の離れた若者に淡い思いを抱いて夢中になろうとは、わたしは変質者になろうとしているのだろうか。
郡司は琴美にのめり込んでいたのだ。
漁師が網を構える身のこなしで獲物に迫る。みるみるうちに女の体は真っ赤なロープで巻かれ、緊縛、のち転がされ、拉致監禁された美しい婦女の図がそこにできあがっていく。
彼ほどの人物には造作もないことだった。脇をぐいいと締めた腕を後ろ手で拘束する。透き通る白の乳房を搾りあげながら、腹部ではロープを交錯させて肋骨のかたちに巻きつける。
もうひとつ何かが必要だ。
画家の男は部屋の隅にダイニングチェアを見つけ、そこに琴美を座らせた。彼が普段よく考え事をするときなどに腰掛けている椅子だった。
残りのロープで彼女の下半身を仕上げていく。両脚を折り畳んで太ももとふくらはぎを密着させ、外側に開脚させつつ膝を吊り上げる。
それはまるで仰向けの蛙の格好で、女性器は彼の自由だ。
テーマは『大蛇(おろち)』としておこう。
「はあ……はあ……、これで……満足かね?」
興奮気味に郡司はたずねる。
「先生は……私を犯しますか?」
「ばかな」
彼は否定した。そんなつもりで縛ったわけではない。私欲はあるけれども、ぶつけるべき場所はキャンバスなのだ。
「先生……、見てください……。彼らは私に……こんなにも懐いて……、あ……あ……」
郡司が見ると、二匹の蛇は細長い舌をちろちろと見せながら、琴美の肌の上を腹へ背中へ、あるいは胸へ恥部へと徘徊していた。
性格は大人しく、まったく人を怖がらないどころか、雌の匂いの出どころと戯れ遊んでいるようにも見える。
たんたん……たらたらたらり……たらら……たらら……ぽたぽた……ぽたり。
何かの音を聞いて、郡司はふと頭の中でそう文字に起こしてみた。音の主はすぐにわかった。
橘琴美、彼女の全裸の肉に食い込むロープがどんな心地なのかはわからない。
しかしクリトリスは脱皮して紅くふくらみ、ヴァギナの奥からは異常な量の愛液が白滝になって飛び散っている。それが床に落ちて音を鳴らしていたのだった。
「やんあんいや……あ……はあ……んにいっんっはあ……」
「橘さん。きみという女は、ほんとうに後悔を知らない人だ」
そう言って彼が顔を紅くした瞬間、椅子に縛りつけられた獲物は、無防備な陰唇を口で吸われた。
「きゃ……い」
膣までもが引きずり出されそうなクンニリングスだ。彼の口の中はあっという間に熱い汁で満たされ、時に絵筆の毛先でクリトリスを撫でまわす。
ここはどうだ、中はどんな具合だ、男が欲しいのか、と激しく指の何本かを膣に挿して捻っていじくった。
郡司は彼女の歪んだ表情と歪んだ女性器とを交互に見比べて、そのアンバランスな美しさに我を忘れてひたすら指を送る。
とうとう我慢できずにズボンと下着を脱いでしまうと、大男にふさわしい肉竿がそこからあらわれ、先端の亀裂から滲み出た粘液が裏すじをつたっていった。
やられる、琴美がそう思うよりも速いモーションで、赤黒く腫れ上がった性欲の象徴が、どぼんと膣の穴に落ちた。
「いぐっ……んくう……」
性的なショックに脳が揺れ、声を出そうとすると下から突き上げられて口が塞がる。
お腹に穴が開く、膣は規格外にまで裂ける、子宮をたたく、彼の挿入は私の人格を壊す。もうそんな程度のことしか体が感じてくれない。
犯されることに幸せを感じているようでは、私もとうとう、いくところまでいってしまったようだ。
琴美は首を横に振りながら、郡司の腰使いの速さに圧倒されそうになっていた。
「あんく、あ、は、ひ、ひく、う、いい、いく、い、いくう、い、く、う……」
彼女が全身を震わせるのに合わせて、彼の筋肉ももりもりとうねって落ち着かない。
琴美は何度も痙攣を刻み、郡司は前のめりにうなだれ、二人いっしょに果てた。
膣に精液が溜まっていく感触が、何よりも最優先されて体を襲う。
これでもう私は終わった、彼女はそう思った。
二匹の蛇もまぐわいの果てに蛇腹を上にすると、三角の頭をとぐろの中に仕舞った。
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『ヴァギナビーンズ症候群』
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