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13
投稿者:いちむらさおり
『ヴァギナビーンズ症候群』

10

 ローターの振動音が聞こえだすと、視界を奪われた千佳は肩をすくめて縮こまった。耳の裏側から聞こえたかと思えば、足元からお腹に向かってきたり。
 そして不意に何かが脇腹に当たると、それは心地良い振動を全身につたえてきた。

「やだ……ん」

 千佳の柔肌が、びくんと起伏する。体中の毛穴がいっせいに開いて、産毛も逆立つほどに肌の細胞が笑っているような感触。

「くすぐったくて、気持ちいい」

 そう吐露する千佳に対して、責めで報いる明徳。卵型のカプセルは彼女の乳首を甘く刺激し、一筆書きで下腹部まで這わしてやってから、クリトリスの外堀を愛撫していく。
 千佳は何度も顎をしゃくって、あうん、はうん、と表情豊かに喘いでいる。
 ローターを膣に埋めてからコードを引っ張り、抜け出したローターをまた膣に戻してやる。穴の口は閉じたり開いたりと忙しない。
 そこから垂れ流される乳酸菌飲料みたいな愛液を指で練って、クリトリスに塗り付け、さらにはクンニリングスで吸い取る。
 味は汗そのものと違わないけれど、その性質は血液型のようにその持ち主の性格をあらわしていた。
 そうしてシックスナインに持ち込めば、互いの体液にどんなメッセージが込められているのか、言葉を交わすよりも簡単にわかり合えてしまう。
 愛が深まれば粘膜がとろけて糸を引き、二人だけの世界で聞こえてくるのは、互いの肉体を暴飲暴食する音だけだった。

「はあ……う……顎が……疲れてきちゃった……んん」

「んあ……僕もだ……はあ」

 二匹の動物が相手の尻尾にじゃれつくような体位のまま、明徳は真新しいバイブレーターを拾い上げて、その先端部分を千佳の陰唇に接触させる。
 スイッチを入れればヘッドは激しくうねり、半透明の胴体に埋まったパールがぴかぴかと光りながら回転するタイプだ。
 彼女のアイマスクを少しだけずらし、その動きを見せつけてみた。

「すごおい……、真珠が動いてる。これ、入れるんですよね?」

「こわい?」

「ええと、たぶん、だいじょうぶだと思います……」

 明徳は千佳の背後にまわりこみ、両脚を開いた彼女を胸板で支える。
 手錠はまだ外さないでおく。アイマスクにも活躍してもらう。
 まずは手順どおりに、乳房や乳首の緊張をローターでほぐしてみる。
 耳たぶのピアスの穴に唾液を染み込ませながら、やさしく噛みつく。
 快感が伝染した空気を深く吸い込んで、彼女の耳元に吐く。
 そして濡れた割れ目に手応えを感じると、容赦なくそこへバイブレーターを送り込んでいった。

「あっ、ああ……あ……はああ……」

 重い扉が開くような、そんな吐息だった。余分な分泌物を排泄させながら、バイブレーターは膣を直進していく。

「あ……ん……んあ……うん……」

 吐息はいちど途切れて、また繋がる。
 しっかり後ろから抱きしめていないと、千佳は今にも萎れてしまいそうなほど弱々しく、寿命の短い動物のように見えた。
 明徳の手が止まった。どうやらシリコンの頭が子宮口に到達したらしい。
 それ以上奥に進めないとわかると、今度はやんわり外側に引いてみた。三分の一ほど抜いたあたりでやめておく。
 すると彼女は、玩具を握っている方の腕に手を添えてきた。
 これからどうして欲しいのか。とりあえず一度ぜんぶ抜いて休息したいのか、それとも逆にもっと奥にまで挿入してプレイを楽しみたいのか。
 千佳の表情を盗み見してみれば、アイマスクから下の顔半分には悦びを訴えるものがあった。
 明るい太陽の下にいたなら、きっとこんなにもいやらしい雰囲気にはならなかったはずなのだ。
 今日は朝から曇り空で、午後には雨が降り出していた。
 そうだ、ぜんぶ雨のせいにしよう。雨は人の気持ちを憂鬱にさせるけれど、たまたまそばに誰かがいて、そこに晴れ間を見つけてしまったから、ちょっと変な雨宿りになっただけだ。
 雨が上がれば綺麗な虹が出て、きっと彼女よりもそちらに見惚れるにちがいない。
 三上明徳はそんなことを考えながらも、かなりの割合で橘千佳に気を許している自分を制御できないでいた。
 幼少期にヴァイオリンで英知を養っていた彼女が成年となった今、自分の腕の中であっけなくオルガズムを果たそうとしている。
 そんな数年もの『時差』こそが、どんな媚薬よりも男には効き目があるのだ。
 明徳は今更そんなことを、若干二十二歳の千佳によって思い知らされた。

「いま……抜いちゃ……やだ」

 赤裸々な甘い声を出したつもりで、千佳は明徳を誘った。
 ここまで砕けた態度ができるようになったのも、異性としての明徳の器のおかげなのだ。
 セックスのおまけみたいなこの遊びにしても、興味があるのかないのかわからない素振りをしておいて、彼の手で堕としてもらった方がいい。

「やさしくない三上さんでも……私はいいです」

 それは明徳の精巣を直撃する言葉だった。さらに大きくなった海綿体を挿入する代わりに、膣に半分ほど埋まった異物の能力をマックスに切り替え、この出会いに悔いを残すまいと手に熱を込めていく。
 こもったモーターの音に混じって──ぐちゃり、じゅるり──と気味の悪い音がした。
 太い物で内蔵を貫かれているという感覚は脳と直結し、快楽型の血液を輸血するようにめぐって、大人しい千佳の人格をいじくりまわす。
 その細い喉からは、きゅん、きゅん、と声にならない呼吸が切って出る。
 膀胱が張り、子宮が張り、膣が張り、陰核が張る。なぜだか乳房や乳首までもが張りつめる。
 めまぐるしい速さで蠢くバイブレーターの流動が膣の中を縦にも横にも変形させて、熱を冷ます暇もあたえてくれない。
 それはもう愛情の仕業ではなく、興味の仕業のように思えた。

「だめえ……ああ……もういい……いい……いくう……」

 まだ自分をしっかり持っていたいという訴えだった。

「僕はきみが思っているほど、やさしい男じゃない」

「うそ……ああん、んく、ああ、ああ、はあ……だめもう……」

 石鹸で泡立てたような白い愛液が、濡れた巣をつつく度に──どっぷどっぷ──と溢れ出す。
 千佳の顎は天井を向いたままがくがくと震え、アイマスクの脇からは雫がつたってきた。
 汗か涙か見分けはつかないが、それは悲しみではなく、悦びからくる生理反応だと彼は判断できた。
 直後、千佳のアクメがはじまった。言葉は発しない。手足は硬直して、本人の意思とは関係のない方向に伸びたり縮んだりしながら、数秒間隔でぴくりぴくりと痙攣する。
 半開きの口からは口臭が漂い、全身の汗と陰部の体液からも、もやもやとした匂いを放って鼻腔を突く。
 明徳は、行為が終われば千佳の体を抱き寄せるつもりでいた。
 しかしまだ行為の終わりを告げるわけにはいかなかった。千佳が絶頂に達する姿を、何度でも見ておきたかったからだ。
 彼女の痙攣がおさまったのを見計らって、明徳は汚れを始末しないままのバイブレーターを構え、ふたたび千佳の膣へと乱打していった。

「ううん……うう……ふうん……」

 意識の半分ほどを奪われている千佳は、自分の身に起こっていることがまだはっきりとは理解できないでいる。だから寝起きのような声を出すことしかできない。
 すると急に目の前に視界が開けた。彼がアイマスクをはずしてくれたのだ。手錠についても用済みのようだ。
 千佳がそこで見た光景には、女性として受け入れがたいものがあった。
 醜く割れた女性器に突き刺さる、太くもなめらかなアダルトグッズの存在。一人分とは思えない量の分泌液。全身は桃の薄皮を被っているみたいに、興奮したピンク色だ。
 それらすべてが自分に深く関わっている。
 そして三上明徳に捧げたヴァギナは、連続アクメという未知の領域に向かっていたのである。

「三上さ……はっ、ふっ、いっ……いっ、ちゃっ、うっ……ん……」

 さっきよりも落ち着いた声で喘ぐ女の唇を、男は責めのキスで塞いでいく。
 それはまるで湾曲したオブジェに色を塗るように、グロテスクな膣汁を指でもってきて、彼女の肌という肌に塗りたくってしまう。
 ぴんと張りつめた糸が、千佳の体内でぷつりと切れた。
 彼女は失禁を疑わせる勢いで、あきらめの表情のまま潮を吹いた。そうしてアクメの波に体をすくわれる。
 水槽から放り出された熱帯魚みたいに、ベッドの上でまた痙攣したのだ。
 今度こそやさしく抱きしめてやろう、明徳はそう思って千佳の下腹部からバイブレーターを引き抜く。
 うわっ、こんなに蜜が絡まってる──、思わずそう漏らすところだった。言葉を飲み込んで、千佳を抱き寄せた。
 しぜんに股間と股間を密着させて角度を探る。
 一度目は避妊具を着けてセックスをしたが、ここはあえて着けないでおこう。そのほうがお互いをもっと深く知ることができるはずだ。
 明徳はペニスを構えた。千佳にもおなじ考えがあったようだ。このラブホテルに入る前に手帳を確認していたのは、生理日や排卵日を予測するためだった。安全日の存在をまるまる信用しているわけでもない。それでもやっぱり今日、彼に抱かれるには今日という日を逃したら、次はいつ来るかわからない。いや、二度と訪れないかもしれない。
 千佳はちらりと屑籠(くずかご)を見た。そこには明徳の精液で満たされたコンドームが捨てられいるはずなのだ。一度目のセックスで彼の体から出たものだ。
 今度はそれを自分の体で受け止めようとしている。
 血液よりも濃い精液で汚され、理性を滅ぼしてでも女として扱われる方を選びたい。

 そうしていよいよ彼が中に入ってくると、恨めしい現実を千佳に投げかけてくるのだった。
 出会いがあれば破局もある。結ばれてはいけない二人だから、別離へのカウントダウンはすでに開始されているのだ。
 三上明徳の注力を受けながら、橘千佳は泣いていた。
 そんな彼女の雰囲気を察して、彼もまた眼に涙を浮かべた。
 抱き合ったまま、腰だけが強い意志で結ばれている。

 やがて二人の性欲が果てるとき、何億もの精子は子宮の口から膣までを漂い、体外にどろりと落ちた。
 それがエゴの塊に見えて、明徳は千佳の唇を慰めた。

『ヴァギナビーンズ症候群』

※元投稿はこちら >>
12/08/06 12:18 (doerKFE1)
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