『ヴァギナビーンズ症候群』
8
膣に中指を立て、愛液を引き抜く。その指が乾かないうちにクリトリスにも手垢を塗り込み、体内エキスたっぷりの生ジュースを撒き散らす。
「すみません……、謝ってばかりで……はあ……。私……どうしちゃったんだろう……うん……。あっ……もう……あっ……せんせ……」
琴美は全身の骨を抜かれたように、上半身と下半身とを互い違いにくねらせ、その裸体はしぜんにマーメイドラインをつくっていた。
右手だけではなんだかもの足りず、人魚はついに空いた左手にも頼って、自らの真珠貝に悪戯をはじめるのだった。
その様子は郡司の目に焼き付くことになる。
左手の指を屈伸させながら、いちどは少し躊躇いがちに股間へ這わせ、それはたちまち大胆になり、二枚の皮膚を左右に開かせる。
愛液が膜を張って、ネイルの光沢がぎらぎら光った。
さらには人差し指と中指を松葉のかたちに開いて、陰唇の内側へ──にゅっ──とくぐらせると、ふだん空気に触れることのない膣口が羞恥の色に染まっているのが見えた。
ついでに生々しい匂いも漂ってくる。そこに右手が被さり、琴美の唇が──ふぁふっ、ふぁふっ──と空気を食べたかと思うと、猫撫で声と同時に指は膣に埋まった。
この人だと決めた婚約者がいるというのに、気持ちがどうにも言うことをきかない。頭で考えるよりも先に手指が割り込んでくるから、女の面目も立たない。
琴美の思考回路はもうショート寸前だ。
「官能に溺れてしまったようだね」
キャンバスに向かう初老のアーティストは、被写体に熱い眼差しを送りながら言った。
還暦を目前に控えているというのに、まだまだ若い者には負けんと言いたげなその面構えは、男の色気も失ってはいない。
琴美は自慰行為をやめられないでいる。絶頂がくる、絶頂がくる、と淫らな自分をさらに追い詰める。
「裸婦は裸婦らしく、淑女は淑女らしく、きみはきみらしくしていればいい」
郡司はすっと立ち上がり、収納ケースのひとつを引き出して、水筒が入るくらいの箱を取り出した。正体不明の内容物が郡司の手の中で──ごとごと──と鳴った。
「じつに愉快だ」
そう言って郡司は箱を琴美のそばに置いた。
彼女はオナニーでふやけた指をクロスに捻りつけ、ゆっくりと箱を開けた。
「せんせい……これ……」
このタイミングにもっとも相応しいものがそこにあった。一見すると彫刻のようにも思えたが、それはまぎれもなくリアルな男性器の形をしていたのだ。
「わたしはきみの体には触れないと約束した。それをどう使うかは、きみの手加減にまかせるとしよう」
そこまで言うと郡司はまたキャンバスに向き合う。その姿勢はもう画家のそれになっていた。
あちこちの指を立てながらディルドを扱う琴美の手つきに、沈黙していたはずの精巣を熱くさせて郡司は思った。
もっとはやくに気付くべきだった。彼女と寝るにはもう自分は歳をとりすぎている。それとも恥をかくのを承知の上で、老体を彼女のそこに重ねてみようか。どちらにしても、このまま唾も付けずに帰してしまうのは惜しい。
そんな彼に対して、琴美の方はディルドの姿形を品定めしている。
アダルトグッズの実物を見るのはこれがはじめてだった。おそらく人並み程度の興味はあっただろうけど、シリコンの手触りと見た目のわるさ、それに図太い胴回りを直視すればするほど、琴美のホルモンは乳房や陰核をさらに女らしく染めるのだった。
子猫がにゃんにゃんと戯れるみたいに、肌色の突起物を左右に揺らしてみたり、長い睫毛をばちばちと瞬きさせて目を潤ませたりする。
それは、ようやく好物にありつけた女の顔に変わりつつあった。琴美は女を満喫したくなった。
これを挿入したい──そう思ってディルドが入っていた箱の中を覗くと、未開封の避妊具がそこにあった。
私はなにをしているのだろう……ここから封を開けて……裏側はこちらで……うまく被せられるかどうか……手がぬるぬるしてすべってしまう……こんなのが……私の体に合うはずがないのに……あ、コンドームが下まで届かない……でももうあそこが酷いことになって……我慢してたら気絶してしまう……行きたい……そこに往きたい……すぐ逝きたい……。
避妊具の皺をのばす手の爪先はきれいな半月を描き、ディルドの尺を取りながら下から上へ這っていく。
彼女はそこに跨った。片手のひらを子宮のあたりに当て、もう片方の手で玩具を支える。
じわりじわりと腰を落としていくと、ディルドの滑らかな先端が微妙に的からはずれ、陰唇の外側に──にゅるん──と逃げた。
琴美は機嫌を損ねて眉間に皺をつくる。うまくいかないのを誰かのせいにしたかった。
けれどもすぐに腰の位置を修正して、今度こそ異物を自分のヴァギナに挿した。
「ふうん!」と息んで「あっ!」と口を開ける。
まだ先端の数センチしか通っていないのに、あの独特なハッピーエンドの感覚が、琴美の膣から脳へと伝わっていった。
もう……いきそう……。
膣圧が異物を締めつけ、シリコンは粘膜を溶かしていく。彼女はふたたび腰を浮かせたあと、ディルドとヴァギナを繋げたまま、ぺたんと女の子座りをした。
「ふいん!」
そうとう変な声を出してしまったなと、琴美は不要な心配をした。
異物は見事に琴美の体内を突き上げ、子宮頸部の直下にまで迫っている。ふだん気持ち良くもなんともないところまで、体中が気持ち良くてしかたがない。
「ああもうだめえ」
控えめな喘ぎ声が静かなアトリエに反響する。
郡司の筆も止まらない。
琴美は腰を上下にくねらせて、もっとちょうだい、もっとちょうだい、とディルドに犯されている自分に酔ってしまった。
下に敷いたクロスに新しい染みが広がると、「すみませ……ん……ん……」と反省しながらも快感に顔を歪める。
そして、カミングアウトした。
「いくう……」
*
『ヴァギナビーンズ症候群』
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