18
「私、この機械知ってます」
分娩台の隣で不気味な沈黙をつづける機器に視線を向け、私はつぶやいた。
それなら話が早い、と院長は顎髭をざらりと撫でた。
ヘラクレス──。
私は夢の中で、その能力を嫌というほど思い知らされた。
不妊治療という名目で受けた慰めに女性らしさを取り戻し、私の胎内で何かが実ったのも否めない。
「私は小村さんには一切手を触れない。やるのはこのヘラクレスです。では──」
院長は軽く咳払いすると、ディルド型の挿入部を私の性器にあてがう。
シリコン素材のスキニーな肌触りが、膣口径よりも太い圧力をあたえてくる。
その先端からローションを噴き出しながら、いよいよじゅるりっと入ってきた。
「ん……、うん……、ふっ……、はっ……」
これ……、すごい……。
「小村さん、これを口に──」とハンカチを渡してくれたのは佐倉麻衣さんだった。
私は相当変な声を漏らしていたのだろう。これを噛めという、エチケットの意味だ。男性に聞かれたくない女性の声にも色々あるのだ。
「んっんんっ……、んくんく……」
幾分ましにはなったものの、今日に限って体調も良好で、膣の奥から出てくるような声がしぜんに溢れてくる。
「子宮口まで届きましたね?」
院長に尋ねられて、私は微妙に頷いた。
「それではアプリを起動させます。気分が悪くなったら遠慮なくおっしゃってください」
縮こまって身構える私。
出海森仁がタッチパネルをたたいた。その次には私の中の異物が動き出し、愛液がはじけた。
私はハンカチをさらに噛みしめる。
「これから内視鏡が入りますので、膣には音波振動がつたわっているはずです」
彼の言葉どおり、すごい振動が体の内側を揺らしていた。
そして何やら蠢くものが穴の粘膜を舐めはじめた。何本もの触手に犯されているような、陰湿な快楽。
「うぐっ」
挿入部本体から生えた触手状の物体が、私のDNAをかきまぜる。
「臍(へそ)の下あたりを触ってみてください」
佐倉麻衣さんに言われてそこを触ると、膣の中でうねっている器具の動きが指先につたわってきた。
恥ずかしくて目眩がして気持ち良くて、アブノーマルな快感はとても甘い味がした。
白い肌に突き刺さる異物は、ヘラクレスという名の怪物だった。
「んぐっ、んっ、んん……ふぅ」
脳が喘ぐ。頭の中がぐちゃぐちゃなら、局部もぐちゃぐちゃだ。
気づけば私は、いくつもの手によって全裸に剥かれ、乳房と陰部に群がる男たちの餌になっていた。
膣を満たしていた器具も引き抜かれ、そこから湧き出る粘液で喉を潤そうと、誰もが舌をのばしている。
「あんっだっ、だめっあっああっ、いや……ひっ、やんっやめっ、てっあっあっ」
腰を逃がしてもクンニリングスが追いかけてくる。
「ううっ、おねがいしま……す、ふうん……、ああい、いい、いい、いい」
胸の先端は柔軟にころがされるし、乳房は彼らの私物となっている。
「患者の汁の甘いところだけが味覚に染みる」
「奈保子さんのような女性がいちばん甘くなる時期だ」
「このねばつき、この感度。ほら、僕の指なら四本でも足りないくらいに膣も成熟して」
「このクリトリスもまた興味深い」
「こんなに濡れるのなら、検査の前に言ってもらわないと駄目ですよ」
「こういう事をされるのが好きか嫌いか、僕らにはわかりますよ。婦人科のにんげんですからね」
それぞれに好き勝手なことを言いながら、自分の趣味を私に押しつけてくる。
でもしょうがない。だって……、気持ちがいいんだもの……。
口では拒絶して、逆に体は受け入れてしまう。その矛盾は彼らを興奮させるだけさせて、ついに本気にさせるのだった。
「卵子には精子が必要ですよね?」
「健康な子宮があるうちに、産める体づくりをしておきましょうか」
それは何か違う。不妊の原因は別れた夫のほうにあったのだから、いま射精されれば私は妊娠してしまう。
「いや……、だめ……、やめたほうが──」
「あなたらしくないですね、小村奈保子さん」
院長の出海森仁が厳格な口調で言った。
「不妊治療を望んだのはあなたじゃないですか」
「え、でも、それは確か夢の中の話で、今日はただの検診だけのはずです。……あれ?」
「どうして私が不妊治療のことを知っているのか、という顔ですね」
「もしかして、じゃあ……、あれも夢じゃなかった……ってこと?」
「時は熟したようですね」
そう言って白衣をひるがえした彼は分娩室を出ようとして、右手で拳をつくり、人差し指と中指のあいだから親指を突き出した。
それは何かのメッセージなのか、それとも気まぐれから出たリアクションか。
彼の姿が扉の向こうに消えた直後、三日月みたいな鋭い目をした男性スタッフは私を真上から見下ろし、露出した下半身で私の骨盤を突き上げた。
私、犯されちゃう──。
グロテスクな男性器は私の膣を軽々と貫いた。
余分な皮のたるみもない黒いペニスは、私の視界のすぐそばで、盛りの膣穴をずぶずぶと埋めていく。
私は砲丸投げの鉄球を思い出した。ちょうどそれが膣から入って子宮にぶつかるような危ない快感が、胃袋のすぐ下に衝突していたのだった。
私はただへらへらと舌を出して、犬みたいに「はぁはぁ」言うのが精一杯だった。
誰も助けてくれない。このまま精液を注がれて卵子と結びつき、子宮に着床してしまったらそれで終わりだ。
産めるだけ産め、精子ならいくらでもある。
そんな彼の腰づかいに私は気絶寸前まで上りつめようとしていた。
イク……、だめ……、イク……、いやだイク……、もう……。
成人男女の肉体と肉体が交わる音は、おぞましくも女々しい性愛の奏でだったのかもしれない。
雄しべから吹き出した種子の流動を雌しべに感じたまま、私はとうとう快感の天井を越えたのだった。
目を閉じると膣の痙攣がはじまり、子宮の収縮とともにオーガズムはセカンドオーガズムへとつづいていく。
生殖器官が震え、女性ホルモンが増殖しているみたいに全身が潤う。
きっとこれで良かったんだ。
そう自分に納得させて、私はふたたび目を開けた。
※元投稿はこちら >>