17
空気がそわそわと恥部を撫でる。若くもなく老いてもいない、ほど良く熟れた下半身を私は晒した。
恥ずかしさのあまり、爪先立ち気味にベッドまでの歩幅をとりながら、肝心な部分には手を添えた。
「そこに両脚を乗せて」
私の裸にはまったく興味がないという風に、出海医師は先を急がせる。
「ここに右脚を、そうです、力を抜いて楽にしてください」
看護師のサポートで私の準備はできた。男性視点からすれば、正常位で犯すにはとても都合良く、無防備な姿の女が目の前にいるのだから、この好機に甘えない手はないだろう。
しかしここは病院だ。私ひとりが舞い上がっているだけで、私以外は至ってクールだ。
「触診しますから、少し我慢してください」
医師の言葉は優しいが、何をどう我慢すればいいのだろう。
私の上半身と下半身は薄いカーテンで仕切られ、医師と看護師は私の下半身側にまわりこむ。
醜く割れた女性器はもう彼の手の届くところで、花びらがめくられるのをじっと待っている。
そして嫌な汗が背中を不快にさせはじめた時、冷たい感触が陰唇の両側にやさしくタッチした。
「……っ!」
臍(へそ)に力が入り、お尻の穴がきゅっと締まる。なんとか声だけは寸止めできたが、腰がビクンと浮き上がったのは取り消せない事実だ。
「少しずつ入りますよ、力まないで、いいですよ、あと半分、ゆっくり、入りました」
出海医師が私の体の中に挿入したものは何なのか、ここからは確認できない。でも相当大きな器具であることは実感できる。
ビューラーのお化けみたいな、あの器具だ。とても切なくて、くすぐったい。
「開口します」
それには潤滑ゼリーのようなものが塗ってあるのだろうか、膣が左右に開いていくあいだにも、粘膜への刺激やストレスはほとんどない。
股間の皮膚が突っ張る感じはあるから、ひょっとしたら……いや、確実に私の性器の中身は彼の視線を浴びている。
ほっぺが紅潮すれば、あそこも火照る。
牡丹の紅(あか)、椿の朱(あか)、薔薇の赤(あか)、どの赤よりも赤く、自分を偽れない色。
そこに触れればすべてが露わにされるのだ。
体調や病状どころか、深層心理まで読み取れてしまうほどに素直な反応をあらわす女性器。
彼の指先には目がある、まるでそんな指使いで膣の隅々までをいじくるのだった。
男対女、診察の一線を越えた異常な関係を妄想せずにはいられない。
そんな状況で出海医師は私に問いかける。
「ここはどうですか、痛くないですか?」
「だっ大丈夫です」
気持ちがいいです、先生。
「このあたりはいかがですか?」
「とくに、なにも」
すごく濡れてきました、先生。
「指で押されてる感じ、わかりますよね?」
「はい、普通に」
そこをそんなふうにされたら、おかしくなっちゃいます、先生。
今にも本音がこぼれそうで、私の心臓はますます活発に血を循環させるのだった。
淫らな不発弾を抱えたまま、私は彼の前で股を開きつづけた。
診察が終わってみれば、良い意味で期待外れというのか、これっぽっちというか、私が恐れていた事態は何も起きなかった。
それもそうだ。善意と良識を重んじる医学界のトップクラスに君臨する、老若男女の何人(なんぴと)も拒まない医療組織の人間なのだから。
「検査結果が出るまでしばらくお待ちください」
「は、はい」
女性看護師の佐倉麻衣さんの立ち居振る舞いに、気後れしてしまう私。
適材適所とはまさに彼女のような人を指す言葉だと思う。
そばにいるだけで癒されるし、私が男なら必ず彼女を振り向かせたいと思うだろうな。だってほら、妊婦にしてはしなやかな髪艶。それとわずかに見える太ももから足首までの、絞られた肉の無駄のなさ。
そんな彼女を……、私は彼女のことを……、そうだ、夢の中で私は彼女と会っている。そして出海陽真という医師とも、夢の中では顔見知りの関係にあった。
なんということだ。こんな場所で、こんなタイミングで淫らな夢の正体を思い出すなんて。
しかもあと少しですべてを思い出せそうなところまできている。
検査結果を待つあいだ、私はこれからどうするべきかを考えていた。
たかが夢、されど夢。あんなにリアルな夢を見せられて、これが偶然だとはとても思えない。
もっと色んな人物との接点が絡み合って、不妊で悩むひとりの女性にあらゆる手を尽くし、合理か不合理かを患者自身に問う。その不妊患者こそが私だ。
ふと、待合室の掲示板に視線を向けてみた。几帳面に掲示されたひとつを見た瞬間、私は頭痛のような衝撃を受けた。
『最新のアプリケーションで女性の悩みを解消する不妊治療機器、Hercules(ヘラクレス)』
その名前がきっかけで、私は淫夢のすべてを思い出すのだった。
臨月、看護師・佐倉麻衣との出会い、想像妊娠、医師・出海陽真への疑念、望まない絶頂、第二の治療、女子高生・愛紗美の介入、正体不明のホームレスの気配。
一気に押し寄せる夢と現実の記憶に飲み込まれ、私の脳はエクスタシーを感じはじめる。
いけない……、いけない……、いけない……。きっと私は誰かに騙されている。今日のこの婦人科検診だって、おだやかに終えたと見せかけてじつは裏があるに決まっている。はやく帰らなきゃ──。
「小村奈保子さん」
不意に名前を呼ばれて、生唾が喉につっかえそうになった。
「検査の結果が出ましたので、どうぞこちらへ」
佐倉麻衣さんだった。彼女より二、三歩うしろを歩いて、出海陽真医師が待つ診察室へとふたたび向かう。
どんな診断が下されるのか、だいたい予想はつく。
「え……、こ……ここですか?」
彼女が立ち止まったそばの扉の上には、確かに『分娩室』と表示されていた。
美しい看護師は無言の笑顔で二重扉をくぐり、私もそれに続く。
そして──。
「はじめまして。この病院の院長の、出海森仁です」
まばゆいほどの白い部屋の、まさしく分娩台のすぐそばで、白衣を着た医師らしき人物が名乗った。
取り巻きのスタッフをはじめ、出海陽真医師や佐倉麻衣さんの表情にも緊張が浮かんでいる。院長の存在がそうさせていたのだった。
しかもだ。寝ぐせなのかパーマなのかわからない頭髪に無精髭、それに白衣の下の着衣にしてもけして清潔とは言えないほど薄汚れている。
白衣を脱げば……、ホームレスそのものだ。
とりあえず私は椅子に座った。
「それで、検査の結果は?」
「うちの若い医師の検査手順に問題はありませんでした。しかしですね、もう少し詳しい検査をさせて欲しいのですが、これは強制ではありませんので、どうするかは小村さんしだいというわけです。いかがですか?」
「あの、どこがどういけなかったのか教えてください」
「じつは、子宮内膜に小さな炎症のようなものが見えました。将来、妊娠を望んでいるのであれば、不安材料は今のうちに取り除いておくべきです」
もっともだ。医師の見解は絶対であり、断る理由もとくになかった。
「お願いします」
私は右手のハンカチを膝の上で握りしめ、再検査を承諾した。
乗りかかった舟にどんな仕掛けがあったとしても、まわりは見渡すかぎりの海だから、流されるままに身を任せるしかなかった。
そこへ乗ってください、と院長が分娩台を指す。私は彼に従った。
それはさっきのものよりも大型で、その隣では見覚えのある医療機器が準備完了の状態で待機している。
私は大勢の前で下着を脱ぎ、台の上で開脚した。私のそこに視線が集中する。
「高嶺の花も、色恋の微熱に惑わされ、大樹の陰に蜜が滴る」
そうしゃべったのは院長だ。意味はわからない。
「土はよく肥えているのに、肝心の種子が見あたらないというのは、持ち腐れに等しい」
その言葉には聞き覚えがあった。名見静香さんがホームレスから聞いたと言っていた言葉、それだった。
やはりそうだ。いずみ記念病院の院長、森仁こそがホームレスだったのだ。
彼がなぜホームレスの格好をして私を監視していたのかは、彼にしかわからないことだ。
みんなが口を揃えて「会わないほうがいい」と言っていた人物と、私は会ってしまった。
そして、自分の子宮を彼に捧げる行為がこれから始まる。
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