12
「ああっ、もうっ、あっあっ、だめあっ、うっうんふっ、はぁん、あんぅん」
欲求不満、猥褻(わいせつ)、淫乱、浮気、それらはすべて女にあってはならないものだと思っていたのに、気がつけばいつも私の中にあった。
膣を貫いて子宮をつつけば、そういう不潔な言葉はいくらでも出てくるような気がした。
「あわっ、はわっ、はっはっ、はあぁん、あはぁ……いっ、いいっ、あイク……あぁ……イクっ、ふっ、イっ……クっ……」
そろそろ佐倉麻衣さんの身にも峠が迫ってきたようだ。彼女の膣の締めつけに負けないくらいの回転を指にあたえ、私は彼女を楽にしてあげた。
「……っ、……うっ、……うんっ」
重たい瞼、据わらない首、痙攣する腰つき、それでいて恥じらいがある。
私が彼女にしてあげられることは果たしたつもりだった。
妊婦の膣から指をスローモーションで抜いてあげると、彼女は力尽きてしゃがみ込み、少量の失禁と大量の愛液で床を汚した。
そして目に溜めた涙を指で払った彼女は、さっきまで自分の恥部をもてあそんでいた私の指を悩ましくうかがい、そこに被さってしわくちゃによれたコンドームを自らの口でしゃぶった。
ねっとりと絡まる汚物を舐める仕草にも、なんとも言えない雰囲気がある。
そうしてコンドームの端をくわえて私の指から脱がせると、飴玉でも転がすかのような扱いで、はぐはぐと舌の上で吟味するのだ。
それを私にちょうだい……。
私の目が彼女にものを言う。絶頂の後味を振り払って彼女が私に寄り添う。
「こっちのほうが口に合うと思いますよ」
そう言ったのは男性スタッフだ。男が上で女が下だと言わんばかりの口調で、彼もまた右手に使用済みのコンドームを持っていた。
私や佐倉麻衣さんの色物狂いした様子を眺めながら、彼はすでに射精を終えていたようだ。
「不妊にはよく効きますよ、これ」と彼が差し出す避妊具の中には、まだ出たばかりの精液が濃厚な色をよどませている。
淫らな食欲が湧いた。私が口をあけて舌をのばしたところに、彼は精液のしずくを垂らしてくれた。
ふわっと生温かいものが味覚を狂わせていくのがよくわかる。
そんなもの美味しいわけがないでしょう。
いいえ、よく味わってごらんなさい、あなた好みの味がするから。
駄目よ、それはただの排泄物なんだから吐き出して。
どうかしら、女はいつだって男に飢えているものよ。
2種類の私がいて、どちらかが嘘をついている。
まどろっこしく舌をまわしている私の口の中に、彼のコンドームが落ちてきた。
臭いものに蓋をするように、佐倉麻衣さんの唇が私の口を塞ぐ。ゴム臭く生臭いディープキスだ。
何と何が混ざり合っているのかわからないほど複雑に絡んだ行為を、まわりの人たちは誤解の目で見ているに違いない。
私は同性愛者ではないし、もちろん彼女もそうだろう。けれどもどうにも止まらない。
妊娠したい女のそばで、妊娠できた女のレズ行為が今まさに行われているのだ。
「くちゅん……はぁ……んぐん、あっ……はぅんむ……んっんっ……ちゃぷっ」
口うつしで交換される唾液と精液と愛液が音をたてて、二人の唇にグロスの艶をあたえていく。
どうしてもモザイクをかけなければいけないとしたら、女性器のまえに、卑猥にぶつかり合うこの二つの唇の方がふさわしい。そう思えるほどに、見られたくないところを見られてしまった背徳感がある。
「もっとアダルトな女性ホルモンを出してみましょうか」
すでに私の子宮を捕獲している出海医師はそう言い、次の手を打とうとしていた。
彼の手首から先は私の膣圧を跳ね返し、まだまだこれからだともがきながら私を『あちらの世界』に連れて行こうとする。
そう──、オーガズムの中へと。
その瞬間、脳が揺れた。彼は男らしく腕の筋肉をもりもりと太らせて、私の体の内側をその拳で子宮に向かって突き上げる。
「……ふ、……は、……ん」
この快感を彼につたえたいのに、息苦しくて声にならない。
私はコンドームを吐き出し、そして佐倉麻衣さんもコンドームに飽きて今度は私の乳首を口でむしる。
自分はこのまま消えてしまうのではないか、そんな感覚が背中をはしって子宮と乳房をつないだとき、間抜けな格好で私は果てた。あっという間の出来事だった。
佐倉さんは離れ際に私の瞼にキスを、そして出海医師は膣から腕を引き抜いて、白く変色したその手を評価する眼差しでまじまじと見ていた。
もう何もする気にならなくなった私は、誰を見るでもない方向音痴な視線をあてもなくめぐらせていた。
おや、と思った。私を取り囲むスタッフのひとり、いや、彼女はインターンの大学生だろうか。その子と目が合った途端に、私の頭におかしな映像が割り込んでくるようなひらめきがあった。
理由はわからない。以前どこかで会ったことがある気はするが、マスクをされていては曖昧な記憶しか浮かんでこない。
唯一露出しているあの目がまた特徴的だ。思いやりがあって、知的で、嘘のない目。
育ちの良さがわかる姿勢をあたりまえに保って、あたりまえに私を観察しながらメモを取る。
「……くしゅっ」
彼女は可愛らしいくしゃみをした。そしてポケットからティシューを取り出すとマスクに指をかけ、ゆっくり外した。
あ、と言ってから私は思い出した。そこに居た彼女は、電車内で痴漢されているところを私が助けてあげた、女子高生の愛紗美ちゃんだった。
でもどうして彼女がこんなところに──。
看護師を目指しているとしても、高校生が出入りできるような現場ではないと思っていたし、それともこれが普通で、ただ私が知らないだけなのだろうか。
「愛紗美ちゃん」
「……」
私の呼びかけに彼女は無反応で、まるめたティシューをゴミ箱に捨てた。
「奈保子さん」
出海医師が私の名前を呼んだ。私は彼に顔を向ける。
「いかがでしたか、子宮を突かれた気分は?」
「え……っと、あの……それは……」
「これは問診なので、正直に言っていただきたいのです」
「はい……、とても……良かったです」
「陰核や膣へのストレスはどうでしょう?」
「あ……あの……、なんだか変になったというか、その、すごすぎて変になったという意味ですけど」
「自分でするよりも感じましたか?」
「いえ、私は自分でそういうことはしないので……、あんまり──」
「嘘はいけません。あなたの膣内検査で何が出たと思いますか?」
私は黙ってしらを切る。
「生理用品の繊維のほかに、シリコン片や植物の細胞なんかも残留していましたけど、心当たりはあるはずですよ」
「……そんな」
「あなたが大人の玩具や野菜などの異物に頼っていた証拠なのです」
私だけの秘密、女性として知られたくない秘密が彼の口から告げられた。
確かにひとりエッチに依存していた時期もあったけれど、もう数年も前のことだ。
「私、ほんとうにしてません」
「そういうことにしておきましょうか」
そこに居合わせた男性という男性の目の色が変わったのがわかって、もうすぐにでもそこから逃げ出したい気持ちになった。
「今日のところはアプリは使わずに、実物の生殖器で治療をして終了とします」
彼の合図で男性スタッフの何人かが下半身を露出させ、それぞれにオリジナルの男性器を自慢げに勃起させていた。
痩せ型、メタボリック型、アスリート型、どれもこれも皮の剥けた先端からは透明な汁を垂らして、私の穴を犯そうと狙っている。
分娩台の高さを調節して、彼らの腰の位置と私の膣の位置を合わせていく。
「だめ……、いや……」
一人目の彼が私に被さってきた。照明の陰になった彼の顔が黒く迫ってきて、いいのか、いくぞ、とプレッシャーをかけてくる。
腰が重なる。亀頭は陰唇を貝割れさせながら、ミリ単位でゆっくりと私の中に入ってくる。
なめらかな鱗(うろこ)を持った爬虫類が巣穴に潜り込むように、ぬめった感触が膣のひだを通っていった。
「……っあ、……あふっ……ん」
たった一度の挿入で私の体はぴちぴちと活発に反応し、二度目には腰がくだけ、三度目にもなるとどこもかしこも気持ち良くて、この病院に来た本来の目的を見失ってよがり続けてしまった。
彼の腰の振り幅もだんだん大きくなってきて、ばくん、ばくん、と性器を打つ肉体が悲鳴をあげる。
泣き顔の私、射し込まれる男根、噴射する分泌液、彼の遠吠え。
「あんあっ、ゆっ、許してっ、いっんっ、あんだっ、めっ、あっ、だめっ、はんあっ」
それは私の意図しない受け身の姿勢だった。両脇をぎゅっと締めた腕をそのまま乳房に寄せて谷間をつくり、女の生理を錯乱させる一突き一突きに堪える。
けれど彼も私も限界が近かった。彼は、私の体が最高だと言い、私も絶頂をほのめかす言葉を漏らした。
そして彼は私の膣に射精し、私は受精した。液体の生き物が私の胎内に寄生していくようで、とてもいやらしい気分だった。
でもこれは終わりではなく、始まりだったのだ。
※元投稿はこちら >>