10
分娩台の上に私がいる。フォーマルな濃紺のスーツに同色のスカート、無駄に長い脚をストッキングの黒で覆って、エナメルのハイヒールも新品の光沢を黒光りさせている。
髪を束ねるシュシュにしてもちょうどいい明るさのビリジアンだし、すでに先ほどのメイクで顔も出来上がっている。
なんと奇妙な組み合わせか。出勤途中のOLが拉致され、あぶない治療室で監禁状態となり、仕事でミスを冒したペナルティとして凌辱を受けるという『ベタ』な設定を妄想させる。
「なるほど」と出海医師はマスクをもごもごさせた。
「なにがですか?」と私は返した。
「小村さんのビジュアルはほんとうに申し分ない。僕はあなたの肉体に興味があるし、ここにいるスタッフはみんな僕の指示で動く手足なのです」
彼がまわりに目配せすると、スタッフ全員が一様に頷いた。
「これからの治療は女性器の活性化はもちろん、あなたのメンタルを誘導して女性らしさを上げることを目的として取り組みますので、どうかそのつもりで」
説得力のある言葉を並べられて、私は少しだけその気になっていた。
「まずはリンパの流れを改善するところから始めましょうか」
彼の合図で動いた女性スタッフが器具を手に取ると、スプーンとフォークがぶつかるような金属音が鳴った。
それはプラスチック製で、芯のないボールペンに見えなくもない形をしていた。
太さは指2本分くらいだろうか、彼女がそれをひねるとスイッチが入り、小さな振動音が聞こえてきた。
「触ってみてください」と彼女が差し出す器具の先端に触れてみると、筋肉疲労がほぐれていくような微振動が指先から肩へ通り抜けていった。
ぞくぞくして、どきどきして、私は赤面した。体調が何だかおかしい。
「朝食はぜんぶ食べられました?」
佐倉さんの質問に、「はい」と私は答えた。
「食事の中に少しだけ薬を混ぜておいたんです。体調がいつもと違うでしょう?」
「何の薬ですか?」
私の頬があまりにも紅いからなのか、彼女は目を細めて笑い皺を見せた。神経が敏感になる薬、とでも言いたいのか、彼女は意味深な沈黙をつづけていた。
振動する器具でのマッサージが始まった。それは手指のあいだから手のひらへ移動して手首まで指圧していく。
ただそれだけのことなのに、嫌な我慢汗がスーツの裏側で滲み出した。この反応は普通ではない。
今度は二人がかりでストッキング越しに足首やふくらはぎを、それに胸元から首筋に上がって耳の裏側にまで器具が這いずり回る。
気持ちいいですか、と誰かに訊かれた。
思っていたより、と答えておいた。
本音はそんなものでは済まないほど気持ち良かった。
休む間もなくマッサージはつづき、耳たぶを震わせていた器具の先端が耳の内側に入ってきた。
そこには女性器の陰核に似た突起があって、女性の手つきがそこを集中的に愛撫してくる。
「んっ……」
いじられ慣れていないその部分の感触を意識すると、たまらず私は首をすぼめた。
上着の前をあけるように指示され、私はボタンの位置を確認しながらゆっくりと外していった。こうなるともう白いシャツの下はブラジャーしかない。
「それも外しましょうか」
当然の指示だ。仕方なくシャツのボタンを上から順番に外していくと、大きなカップに収まった白い谷間が外気に触れて、すっと汗が冷えていく。
腰から上は半裸状態のまま、マッサージの手はお腹や乳房のまわりをぐるぐる回る。
どうやら私は媚薬を飲まされたらしい。その証拠に、ひとには言えない部分が熱く痺れてきて、ありえないシチュエーションも手伝ってどんどん興奮がふくらんでいくのだ。
「んっ……、ふぅ……ふぅ……、んんっ……」
呼吸するのも恥ずかしい。
「小村さん、つらいですか?」
「いえ、あっ……あの……」
「女性だから言いにくいこともあるでしょうけど、自然に出る声を我慢するとストレスになりますから、子宮にも良くないですよ」
「はい、あっ……くっ……んっ……」
そうして体をよじっていたら、私の足からハイヒールが脱げ落ちた。足裏には不快な汗が滲み、じめじめとストッキングを湿らせている。リンパの流れどころか、快感の流れが体中の脂肪を溶かしているみたいだ。
「そろそろ君も頼む」
若い医師の言葉に男性スタッフが動いた。こちらも出海医師に負けないくらい若く、アスリートのような体つきをしている。
彼は自分の両手に透明なゼリーをたっぷり着けて、「下着をとってください」と私に告げた。
口調は穏やかにして、じつは絶対命令ほどの圧力を秘めていることに私は気づいた。
彼におなじセリフを二度言わせるのは危険すぎる。
私は素直にホックを解き、ストラップを肩から下ろして、生まれ持った性別の証を彼らの前にさらした。支えをなくした乳房に重力を感じる。
彼らはもう何人もの女性の体を見てきているはずだから、きっと私の体を彼女たちとくらべるだろう。
大きすぎないか小さすぎないか、形は崩れていないか、色に異常はないか。
私はだんだん自分の胸に自信をなくして、とうとう目を閉じてしまった。
こうすれば彼らの表情を見なくて済む。もっとはやくからこうしておけば良かったのだ。
視覚以外の感覚だけを頼りに彼らの行動を先読みしようとするが、これには無理があった。
アルコールみたいな薬品の匂い、誰かの息づかい、衣服が擦れ合う音、そして自分の心臓の音。見えていたものが見えなくなると、眠っていた才能が目覚めるように、もう一人の私が意識の奥で生まれるのがわかった。
「はぁっ……」
何かがお腹に触れて、私は思わず声を漏らしていた。にゅるにゅると肌に吸いつく手の動きはとても刺激的で、私の体をあっという間に火照らせてしまった。
「あ、い、いやっ……」
乳房を揉まれた。その手はだんだん敏感な部分へとマッサージの範囲をひろげていく。
「あんっ……、ちょ、ちょっと……そっこはっ……、ああっ」
両方の乳首を撫でられ、情けないほど感じてしまう私。ちっぽけな理性が萎んでいく。
同時進行で下半身でも新たな動きがあった。タイトなスカートを捲り上げるなりストッキングを足首まで下げられ、私は目をあけてショーツだけはと両手で隠した。
「どうしましたか。昨日はあんなに嬉しそうに脚をひろげて、綺麗な女性器を見せてくれていたのに」
「僕もとても興味深いものを拝見しましたよ。膣をクスコで開いた奥に、ピンク色の子宮口が体液にまみれて収縮する様子が観察できましたから」
「あんなに太い医療器具、小村さんは楽に飲み込んでしまうから、僕らも治療のやりがいがあるってもんですよ」
この人たちが言っていることもおかしいけど、私の体も絶対おかしい。
「やめて……んっ……、お願いします……ふっ……」
女の力なんて所詮こんなものだ。ショーツなんて穿いていても意味がない。
私のお尻を撫でるようにしてショーツを脱がせた彼は、そこにできた染みの匂いを嗅いで、舐めて、私に見せびらかしてきた。いったいどこまで許せばいいのだろうか。
はしたない分泌液を垂らした女性器を、私は彼らに見られてしまったのだ。ある者は小型カメラで撮影し、ある者はデジタルカメラに画像をおさめる。
「嘘……、嘘よ……」
のぼせた顔でそう呟くと、いよいよレイプの匂いがしてきた。温感ゼリーでの愛撫が太ももに迫ってきていたのだ。
何を挿入されても大丈夫なように、膣はすでにできあがっている。
ぞくぞくして、はらはらして、まるで推理小説の最終章が近づいているみたいだ。分娩の体勢にされたOLがスーツをはだけさせ、乳房への愛撫を受け入れ、ついには局部を汚されてしまう結末。
「あああっ」
指がクリトリスにヒットした。いちど開いた口はなかなか塞がらず、愛撫のたびに胃から込み上げるような嬌声が鼻の穴をふくらませる。
「ひっ」
下から上、上から下にいじくられるクリトリス。
「あっ」
陰唇の皮膚を外側に剥いて、膣口を何度もすくい上げる。
「はっあぁ、いやぁ」
どこまでもねちっこく、女性器を知り尽くした10本の指が私を快楽に連れて行こうとしていた。上半身を担当する愛撫も乳房と乳首への手を休めることはない。
「小村さんの体、とても綺麗ですよ」
佐倉麻衣さんの声だ。その方向に顔を向けると、マスクを外した佐倉さんは切ない表情で微笑した。
肌は白く透き通り、顔も小柄で、目、鼻、口のバランスも文句のつけようがないほど整って見える。
彼女が私の顔を覗き込む。そして次の瞬間には何が起きたのかも理解できず、彼女の顔が衝突しそうな距離にまで接近していた。
いや、すでに衝突していた。ふたつの唇が重なり合う感触。彼女は私にキスをしたのだった。
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