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痴漢……。
彼女のほかにも女子高生はたくさんいたが、ほかの子はみな顔色も変えずに普段通りのテンションでおしゃべりしている。
それにくらべるとやはり彼女の目は潤んでいて、耳まで真っ赤だ。
彼女を取り囲む状況もおかしい。まわりは男性ばかりだし、吊革だってあんなに不自然にあまっている。
手を上げられない理由があるとすれば、それはもう少女に対する行為を果たすために繰り出されているとしか考えられない。
それに怯えて身を縮めるしか方法がないから、あの子はあんなに赤面しているのだ。
まったく……、ひとりの女子高生を集団で……。
車内アナウンスが迷惑行為禁止を促す中で、彼女は完全にうつむいてしまっていた。
やがて駅に到着した電車は何人かを下車させたが、また何人かが乗車したため、私は彼女のそばに行くこともできなかった。
私と彼女の位置関係は変わらない。その代わり、彼女の制服姿を上下あわせて見られる体勢にはなった。
短いスカートのプリーツは少し乱れていて、スクールタイツを履いた細い脚を内股気味にすり合わせていた。
そこで私が見たものは、予想していた通りの卑劣な光景だった。
誰かの手がお尻を撫でている。もうひとつの手が太ももの触り心地を楽しんでいる。
それらを必死で払おうとする彼女の手は弱々しく、恐怖でかじかんでいた。涙をこらえる姿が痛々しい。
私に勇気があるのなら、ここで出すしかない。
私は彼女のいる方向に身を乗り出した。
「やめておいたほうがいいですよ」
すぐそばで声がした。どきりとした私は、心臓が正常に動いているのを確認すると、ほぼ目だけを後ろに向けて体をねじった。
「あの銘柄は初心者にはリスクが高すぎますって……、ええ……、昨日の今日ですから」
携帯電話を片手に株の話でもしているのか、商社マン風の堅い身なりをした若い男性がそこにいた。
彼は私の視線に居心地をわるくしたふうに、「すみません」と口だけを動かして苦笑いをした。
どうせならマナーも携帯してもらいたいものだ。
そうやって別のところに気を逸らされているうちに、私はあの女子高生を一瞬だけ見失っていた。
彼女がいたその場所をもう一度、目で探す。彼女はいた。
しかしなんということか、ブレザーを汚す不潔な手までもが見えはじめ、目を離した一瞬の隙に事態は急変していたのだ。
彼女の体型よりも不自然にふくらんだ胸のあたりでは、上着の下からもぐり込む手の動きが想像できる。
多感な時期の複雑な気持ちをもてあそぶように、少女趣味な動きが彼女をいじくっている。
そしてスカートのチェック柄までもが清潔感をなくして、その奥をまさぐる腕とこすれ合っていた。
嘘でしょ……。
その成り行きを見て、私は戸惑った。黒いスクールタイツは太もものあたりにまで下げられ、ガードルを履いているみたいに彼女の脚を飾っている。
そこに重なる白いショーツも下着の役目を終えていた。
ならばどうだ、彼らが触れているものは少女自身であり、乙女心そのものだ。
もう許せない……。
私は頭に血が上り、身動きできない自分にも腹が立った。声を上げれば彼女は救えるが、被害者の心境を考えると、それは二次被害を招いてしまうと躊躇する。
ならばどうするべきか。相手の人数も把握したいけれど、この混雑では特定はむずかしい。全員は無理にしても、誰かひとりを絞り込んで次の駅で引き渡そうか。
女の私が考える策なんてどれも企画倒れに思えたが、女子高生のスカートの中では今も激しいいたずらが続いていて、時折見える彼らの指がひどく濡れているのも気味が悪い。
そうしてなかなか決断できないでいる私の目の前で、誰かの携帯電話が彼女のスカートの中を狙った。
恨めしいその指がシャッターボタンを押した瞬間、私はそいつの顔を記憶した。
頼りないアナウンスが駅名を告げ、まもなく電車の扉が勢いよく開いた。
人波の流れが外に向かっている。私は胸やお尻が押しつぶされるのも気にせず、女子高生の腕をぐるっと組み、ついでに彼女のスカートの中を狙った携帯電話をそいつの手からはじき飛ばした。
携帯電話はホームの白線の向こうにまですべっていった。
「ごめんなさい」
私は反省の色を顔につくって、そいつに視線を向けた。
私がそのまま女子高生と二人でホームに降りると、とうぜん彼は不機嫌な身のこなしで後をついてきた。
作戦どおりだ。彼女の有り様を隠すために私は急いでジャケットを脱ぎ、ベンチに座らせた彼女のひざにかけてあげた。
おどろいた様子で私を見上げる少女の目に涙の粒ができていた。もう大丈夫よと微笑む私。
「おい、あんた、どういうつもりだ」
その声に振り返ってみると、遠ざかっていく電車を背景に、先ほどの男性が仏頂面で立っていた。
通勤途中のサラリーマンに見えるこの男性が、痴漢の常習者のはずなのだ。
「電車は行っちまうし、ケータイはこんなだし、……ったく」
すり傷だらけになった携帯電話を片手に、30代くらいの彼は若者風を吹かせながら私との距離を詰めようとする。
私は大きく息を吸い込んだ──。
「誰か助けてください。この人、痴漢なんです、捕まえて!」
私の絶叫がホームの端まで響きわたった。そこにいた全員がこちらを向いて、怪訝な目で彼を追い詰める。
人垣の中から駅員が飛び抜けたかと思うと、あっという間に彼を揉み倒してしまった。
その一部始終を眺めていた女子高生はひざを小刻みに揺すり、彼らに汚された部分を隠すようにして背中をまるめた。
計り知れないほどの恐怖と後遺症が、少女の小さな背中に重たくのしかかっていることだろう。
私の気持ちは同情の域を出ることはなかった。
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