夏休みの日中はこのファストフード店でシェイクを飲むか図書館で時間を潰している。
優衣は学校に友達がいない。義務であるから通っているだけで楽しくはなかった。
生きるのがつまらないかといえばそうではない。インターネットの世界がある。好きな動画サイトを閲覧し、コメントを書き込み、SNSアプリで見知らぬ相手とフォローしあい、つぶやきを共有する。学校で作る友達よりも楽しく過ごせる。ただ孤独感は消えてはくれなかった。寂しいという気持ちが残る。ガラガラの店内はエアコンが効きすぎて少し寒く感じ、優衣の心をより一層冷たくした。
夏休みの大型ファストフード店、優衣は3階フロア窓側の席に座り、イヤホンを耳につけ音楽を聴きスマフォをいじる。ここで2時間以上こうしている。
イヤホンを外し席を立つ、女子トイレに向かった。フロアの席に鞄はあるが人はいない。
男子トイレと隣合わせの女子トイレ。ドアを開け中に入り姿鏡に映る自分と向き合う。ファストファッションショップで買った赤いショートパンツにTシャツ、まったくお洒落じゃなかった。低めのヒールのついたサンダルが一番高かったが、3000円程度。もっと可愛く欲しいと思う服もあったが、バイトすらできない立場の優衣にお金はない。雑誌を参考に化粧をしてみても、幼い顔にかわりはなかった。あご先までのショートカット。髪を耳にかけたりしてみる。
と、トイレ内に音が鳴る。ヒールの音、優衣のサンダルではない。そもそも女子トイレではなく姿鏡、壁の向こう側男子トイレから聞こえる。『女性が男子トイレの中にいる?』優衣はそう思ったがなにをしているのか分からない。姿鏡に耳をあてる。『アァ』という声が微かに聞こえた。なにをしているか優衣には分かった。インターネット世代。物心ついた時からインターネットに潜りこみ、その中で生きている。幼い優衣にもあえぎ声くらい分かっていた。
物音をたてず姿鏡に耳をあて様子を伺う。男と女の荒い息づかい。優衣は非日常の音を耳にいれると女子トイレをでて自席に戻り残り少ないシェイクを口にした。
どんな二人なのかが気になる。スマートフォンの画面には時刻16時が表示されている。門限の17時までには帰りたい。後15分は待ってみよう。そう思いまたシェイクを一口すすった。
と、男子トイレのドアが開く。優衣は振り向かず音だけを拾う。ヒールの音が鳴る。3階フロアに高い足音が鳴り響く。自席の鞄、テーブルを片付ける音を拾うと優衣は立ち上がりゴミ箱に向かう。紙ナプキンを取りながらちらりと女を見た。ベージュのパンツに白いシャツ、白いパンプスはヒールが高くお洒落な大人の女性に見えた。アクセサリーも鞄も安物には見えず、椅子に置かれた紙袋に社名が書かれている。『仕事中・・・?』優衣はそう思いながら女の側を横切る。
「あ、ごめんなさい。」女はそう言った。立ち上がり荷物をまとめる女が優衣に少し身体がぶつけただけだが、年下の優衣に丁寧に謝る姿に品の良さを感じた。窓側の席に戻りシェイクを口にする。ヒールの音が鳴る。女は荷物を抱え、ゴミを捨てトレイを返却すると足早に階段を降りて行った。
『仕事中の品のある女性がなぜ?』女子トイレで拾った音。あの喘ぐ声が彼女の物だと優衣には思えなかった。と同時に相手の男が気になる。優衣はまたシェイクを一口すするとズズズッと音が鳴るだけで甘い液体を口に入れる事は出来なかった。ドアが開く音がなる。ワックスで綺麗に磨かれた床、キュッキュと音が鳴る。フロアを誰かが歩いている。優衣は一呼吸置いてからスマフォと財布を持ち自席を立った。
女子トイレに向かい歩く優衣。ちらりと目を配れば20代後半の男と目が合ってしまった。このフロアに客は優衣とこの男しかいない。優衣はすぐに目を外す。ボサボサの髪にTシャツ。床をキュッキュと鳴らせたのはスニーカーであろう。一瞬目に入れただけだが野暮ったい男に見えた。女子トイレに入り、便座をテッシュで拭きそこに座る優衣は、女と男の接点を考えている。品のある綺麗なお姉さんと髪型にも気を使わない野暮ったい男。何が二人をつなげたのか優衣には全くわからない。用を足しテッシュを使う。手を洗いながらふと思う。『援助交際』しかし女はお金に困ってないように見える。どうだろう?優衣はあれこれ考えると自分が実生活でこんなに楽しく考えた事はなかった事に気づいた。インターネットの世界にのめり込み実世界での生活に冷めていた優衣。非日常の光景を目にし興奮している。
女子トイレをでると男はまだフロアの二人席にいた。ジーンズにTシャツ姿。こちらをみている。いやらしい目に見えた。少し不快だった。優衣は自席に座ると安価なフェイクレザーのショルダーバックからペンを取り出す。紙ナプキンに『いくらですか?』と書き込むとペンを鞄に戻す。優衣の小さな胸がドキドキと動く。優衣はその小さな口を開き大きく呼吸すると自席から立ち上がった。白色ベースのグラフィックTシャツに赤いショートパンツ。小さなヒールのついたサンダルで立ち上がっても身長は150センチそこそこだった。鼓動を感じながら両手でその紙ナプキンを持ちフロアを歩く。男のテーブル席で立ち止まる。男はその優衣の様子をずっと見ており目が合う。
優衣は男のテーブルにその紙ナプキンを置いた。ストローに口をつけたままの男は突然の出来事に言葉もでない。優衣はまた自席へともどる。鼓動が収まらない。紙ナプキンに書いたつぶやき。男はどんなリプライを送ってくるか。優衣は窓の外をみつめる。
間があったがキュキュッと3階フロアにスニーカーの足音が鳴る。男が優衣に近づいている。優衣の小さな小さな胸が大きくなりそうなくらい鼓動してる。男が無言で紙ナプキンを優衣のテーブルに置く。窓際の席。窓の外をわざとみている優衣に男の表情はみてとれなかった。男がキュキュと足音を鳴らし自席に戻っていく。
裏返しになった紙ナプキン。優衣が恐る恐るひっくり返すと『3千円』そう書いてある。優衣はやはりそうだったかと思う。でもあの女性がなぜ?と思う。私だから3千円?そうも考える。優衣は緊張を抑えきれずフェイクレザーの小さなショルダーバッグにその紙ナプキンを入れると立ち上がり空っぽのシェイクを持ち走ってフロアを駆け抜けた。男が「あ」と声を出したが振り切り階段を降りる。
優衣は『また明日もここに来よう』そう思い、次の展開がどうなるか、どうすべきか、それを頭に入れて家に持ち帰った。
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