次の日、課長席に彼の姿は有りませんでした。
2日間の出張に出たらしい。
帰りは金曜日で、私の出かける前日と言う事でした。
土曜日の返事はまだしておりません。
多分彼は、私が当然断わって来ると思っているのでしょう。
だから、私からの返事も聞かずに、出掛けたものと解釈しました。
(そうよね、私の答えなんか、初めから判っていた事よね。)
それが当たり前の様に思えても、又何か寂しくもありました。
(私って馬鹿ね、何を期待していたのかな?)
彼の顔が浮かび、何故か、急に逢いたくなりました。
(雄二さん・・。)
ふと彼の名前を読んでいました。
退社時刻になっても、まだ彼は戻っては来ませんでした。
(やはり、初めから本気じゃなかったのね。)
私は彼の席を眺め、それを確かめると
「それじゃ済みませんけど、先に帰らせて頂きます。」
周囲の同僚に帰る挨拶をすませ、職場を出ました。
(そうだ、明日の切符を買って行こうかしら?)
私はそう考えると、JRの窓口へと向かいました。
その時です。改札口から彼が姿を現したのです。
直ぐに目が合いました。
彼が私に微笑みかけました。
それに対し、私は心ならずも顔を背け、素知らぬ顔で通り過ぎ様としまし
た。
急ぎ足で行く私の手を掴むと、
「如何したんだ・・、さおり。」
そう言って声をかけて来ました。
「初めから本気で誘った訳じゃなかったのね。馬鹿みたい。」
目に涙を浮かべ、まるで駄々っ子の様に、引き止める彼の手を振り解き、そ
の場を去ろうとした私に対し、
「じゃあ、これは?」
そう言って彼は私にあるものを見せました。
ロマンスカーの切符です。しかも2名分。
凍りついていた私の心は、その瞬間一気に溶け出して行くのを自分でも感じ
ておりました。
<影法師>
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