主人の話は、来週予定されている従妹の結婚式での挨拶に関する事でした。
従妹から、主人の会社の方に電話が有り、是非私に挨拶をと、頼まれたと言
うのです。
ホテルを出ると、彼に家の近くまで車で送って貰い、そこから歩く事にしま
した。
ふと先程の、ホテルでの出来事が思い出されました。
思いもしなかった主人からの電話、それも彼との真っ最中、
良く何事も無く済ませられたと、今更ながら心臓が締め付けられます。
でもあの時、一度だけ私は声を出してしまった。
繋がったままの彼が不意に動いた為、私の中に有った彼の者が、私に悪さを
した事がその原因でした。上手く誤魔化した様には思うのですが、あの時の
声は、そう上手く騙せるものでしょうか?
家が近くなった時、目の前を歩いている人物の背中に見覚えが有りました。
「あなた!」
主人でした。
私の声に振り返る主人。
「何だ、お前も今帰りか? 先程は済まなかったな、仕事中に。」
その言葉に、私の方が一瞬ビクッとしました。
まさか、電話先で話している妻が、知らない男とセックスの真っ最中だった
等と、思っても居ない様子です。そんな主人を見ていたら、急に家に帰っ
て、暖かい飲み物を用意してあげたくなりました。
(ごめんなさい、あなた!)
心の中で、そう呟く私でした。
出勤前の慌ただしい時間、主人の食事の支度をしておりました。
「沙織、俺は当日じゃないといけないけど、お前は如何すんだ?」
キッチンの後方から、主人が話しかけて来ました。
「私ですか? そうね、挨拶の事も有るし、出来たら前日に行こうかな?」
週末に予定されている、従妹の結婚式当日の事でした。
場所が小田原で行われるので、私も主人も仕事の関係もあり、一緒に揃って
は行けそうにありません。しかも、ここに来て結婚式の挨拶を頼まれてしま
い、しこの当日にその打ち合わせがあるので、前の晩に私だけでも行ってお
こうかと言う話なのです。
「まあその方が良いだろうな? 俺もなるべく当日は、早く行く様にするから
な?」
主人は、優しい口調で言ってはいますが、なら何故一緒に行く事を考えない
のだろうか?
そんな思いが、正直胸の中をかすめていました。
結局この事が、自分でも予測しなかった事態へ発展して行くとは、この時は
少しも思っていませんでした。
<影法師>
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