目標はステージ中央にあがりマイクで演説を始めた。「風が出てきたな・・・東南、少し待て」
スコープから目を離さないでわきにあるジュースに手を取り飲む。
やっぱり緊張するし喉が乾いてしまう。
声は聞こえないが拍手が起きているようだ。
「・・・ん?」
クロスが異常に気付いたようだ。
「観衆の中央・・・黒いジャケットの男、銃を持っているな。挙動がおかしい。何度も内ポケットを触っている。素人だ・・・・まずいな」
私もスコープで確認する。クロスの言うとおりだろう・・・銃を持っている。
殺すのはおそらく・・・・私は目標に狙いを戻す。
「風向きが悪い。もう少し待て」
黒いジャケットの男の銃弾は間違いなく外れる。
それで目標に逃げられたら最悪だ。
額から汗が落ちる。
暑くはない、嫌な汗だ。
落ち着いて緊張しないように狙いをさだめる。
「いい風向きだ。いつでもいいぞ」
私は目標の胸に十字を合わせる。
スコープを微調整する。
「ふぅ・・・ふぅ・・・ふー・・・・っ・・・」
トリガーに優しく触れる。ゆっくりと力を込めずに・・・引いた。
バシュッ。
それとほぼ同時にジャケットの男が銃を撃った。
もちろん外れて観衆が逃げ出す。 着弾まで1.2秒ほど。
目標の右斜め下に外れた。冷静にボルトを引いて弾丸をチェンバーに送る。
目標は逃げ出す。
護衛が周りを囲んで車まで移動させる。
「逃がすな・・・やれる」
クロスが落ち着かせるように呟く。 呼吸を整える。
「ふーっ・・・っ・・」
トリガーを引いた。
バシュッ。
1.1秒後・・・目標に当たる。
「命中・・・右脚の腿が吹き飛んだな。出血で助からないだろう」
クロスは嬉しそうだ。 私はそのままスコープでジャケットの男を確認する。手を上げて護衛に取り押さえられた。
ライフルを片付けてすぐに撤退する。
屋上から下に向かう。
私は2階の曲がり角で止まる。
クロスを手で止める。
足音・・・誰かいる。
私は角から少し顔を出す。バンバンバン。
発砲される前に顔を引っ込めた。
「ちっ、なんだよ」
クロスが舌打ちしてホルスターからM1911を取り出してスライドを引いた。 「コーナーショット・・・実際に見るのは初めて」
私はこの武器の事は知っていたが実物は初めて見る。身を出さないで角から銃を発砲できる武器だ。
クロスはまた舌打ちした。「厄介な物、使いやがるな・・・」
この角を曲がらないと下には行けない。
「グレネードある?」
「・・・あるぞ」
クロスはすぐに理解してグレネードを手渡す。
「投げる前に何発か撃ってね。・・・いくよ」
クロスが身を出さずに適当に発砲する。
パンパンパン。
私はグレネードを転がす。丁度向こうの角で爆発する・・・ドンッ。
私とクロスは素早く移動する。
男が一人倒れていた。
右足と右腕が無くなっているがまだ生きている
胸に二発撃ち込んでどめをさして。 男の持ち物を調べる。
何も持っていない。
「行きましょ。気味が悪い」「ああ・・・」
急いで撤退してホテルに戻り荷物をまとめて車ですぐに市内を出る。
本部に電話で報告しておく。襲ってきた男の事も。
携帯を閉じてため息をつく「ふぅっ・・分かんないよ・・誰だろ?」
「バレてたとしか思えんな・・・ただ一人だけで消しにくるとはナメられたもんだ」
クロスは運転しながら愚痴る。
本部に着いたのは翌日。
荷物を下ろして車を降りる。チーフに報告しに行く。「ご苦労」
私とクロスは報告をする。黒いジャケットの男の事。襲撃された事。
報告をすませて帰ろうとする。
「紅羽、君は残ってくれたまえ」
またか・・・疲れているのに。
「残らなくていい、帰れ」
クロスが私を部屋の外に追い出す。
「えっ、ちょっと。クロス?」
「任せとけ・・」
クロスは背中を軽く叩いてドアを閉めた。
「・・どうする気だろ?」
私は銃を武器庫に返しに行く。
「おばちゃん。返却しに来たよ」
「あぁ、お帰り」 武器庫のおばちゃんはニッコリ笑った。
クロスはウチには女はお前しかいないと言ったけど正確には二人。
「紅羽ちゃんは綺麗に使ってくれるから助かるよ」
「いえ、まだまだです。おばちゃんには敵いません」チェイタックM200して書類を書いた。
「紅羽ちゃん、好きな人でもできた?」
「えっ・・!?」
おばちゃんは微笑んでこちらを見つめる。
「あ・・・はい」
私は少し恥ずかしくなった「大事にしなさいよ」
「は、はいっ!」
私は書類を渡してすぐに帰った。
なんだかとっても恥ずかしくなった、あのおばちゃんも何か訓練されてるんじゃないのかな?
タクシーをつかまえてマンションに向かう。
携帯でルカに今から帰ると連絡する。
マンションに着くと駆け足で部屋に向かう。
バタッ!
途中で転けてしまった。
「いたっ・・痛い」
けどすぐに立ち上がって走った。 部屋のドアを開けるとルカが玄関で待ってくれていた。私はギュッと抱き付いた。
「ルカッ!ただいま!」
ルカも抱き締めてくれた。「会いたかったよ・・」
激しくキスをして舌を絡める。
「んっ・・ふぅっ」
食事は出来ていた。
私はまたルカに抱き付いた「ご飯よりルカを食べたいよ・・・」
ルカは困った顔をした。
「あ、ごめん。せっかく作ってくれたんだしね」
そう言うとルカは微笑んだ。ルカはじっとテレビをみつめている。
私はサラダと鶏肉の唐揚げを食べる。
ニュースが流れる。
「北海道で起きた国会議員暗殺未遂事件についての続報が入りました」
私はテレビに目をやる。
「未遂・・?どうして?」
テレビに映るのは間違いなく目標の国会議員。
脚を吹っ飛ばしたのに・・どうして?
ルカはこちらを見ている。「あっ、怖いね・・」
私はすぐに誤魔化した。
「わ、私も北海道で仕事してたからさ・・怖いね・・なんか・・」
ルカは表情を変えずに台所に向かった。
「はぁ・・嘘でしょ?・・」ショックだった。
殺し損ねたのは初めてじゃないが。
ルカがこちらにやってきた・・・包丁を持っている。「え?ルカ?・・何?」
ルカの目は私を殺そうとする目だ。
ルカは私に包丁を振りかざす。
私は反射的に避ける。
「ルカ?落ち着いて・・どうしたの?」
ルカはまた包丁で切りつけてくる。
「ルカっ!やめてよ・・!」
素人が包丁で切りかかってくるぐらい、どうにでもできる。
だけど相手が悪い。
「ルカ!つっ!!」
腕を切られた。
血が垂れてきた。
私はようやく身構える。
ルカはまた切りかかってきた。
私は素早く払いのけて突き飛ばす。
「・・・・っ!」
ルカは床に倒れて少し痛そうな顔をした。
私は包丁を拾ってテーブルに置いた。
近づくとルカは睨み付けてくる。
「ルカ・・なんで?なんでそんな目するの?」
「・・・・」
また一歩近づく。
ルカは後退る。
「ルカ・・怒らないから・・ね?大丈夫だから・・」ルカの目は変わらない。
私に対する殺意。
それでも私はルカを抱き締めた。
「ねぇ?どうしたの?」
「・・・・・」
ルカは抵抗もしない。
「ルカ・・・私、好きなんだよ・・ルカの事・・だから何でそんな目するのか教えて?」
ルカは私を押し退けてメモに何か書いた。
もう一度私を睨むと外に出ていった。
「ルカ!?待ってよ!どこに・・・」
メモに目をやる。
【なんで殺してくれなかったの?】
意味が分からない。
私は追いかけたがマンションの周りにはルカはいなかった。
部屋に戻る・・・もしかしたら戻っているかも。
急いでドアを開ける。
「ルカ?ルカ?いないの?」部屋には誰も居なかった。私は力が入らなくなって倒れてこんだ。
「どうして?」
私はルカに貰ったライオンのぬいぐるみを抱き締めた。
「ルカ・・・戻ってきてよ・・・」
私は目から何かが落ちるのを感じた。
涙・・・?久しぶりだな泣くなんて。
あふれてきて止まらない。私はまた一人きりになってしまった。
寂しくてたまらない。 せっかく好きになった人がどこかに行ってしまった。私は泣いた。
今まで貯まっていた涙を全て流した。
もう・・・ダメだ。
※元投稿はこちら >>