元々、京子さんとは縁がなかったと思い直し、一人の日常に慣れたのは、四十九日を終えて、暫く日にちも過ぎた頃だった。
間もなく、散った桜が葉を開き 温かくなってくる。
身を刺す寒風も、母の穏やかな寝顔も…
あの、暖かい太陽の様な笑顔も過去となり、先のない日常に私は埋もれた。
姉は、母の四十九日の直ぐ後に『痛み分け』に現れ、想いの母の遺品を持つと思い出に耽る様子もなく。
その日の内に、愛知にとって帰した。
以来、来る様子もない。
春も後半ののんびりした午後である。
思いもよらないし、予想だにしてなかったが、京子さんには理由があった。
黒い礼服で、肩まだあった髪も伸びたのだろう、後ろで整えて纏め、薄いメイクで慎ましく
『ごめんください。』
焼香に、来て下さった。
真意で私は、頭を垂れて
心から『母も喜びましょう。わざわざ、忙しい中、ありがとうございます』
こうした時、誰よりも故人を想う。
京子さんも、やはり、そうであって、亡き母に馳せて涙してくれたのが、嬉しくあった。
涙しない家族もあるというのに…。
必然であろうか…母の話題であり、母の残した便箋へと話しが移って行く。
京子さんに宛てた便箋の内容を私は知らないし、聞きもしなかった。
正に『知る由もない事』である。
京子さんは、小さな黒いハンドバッグから、あの、便箋を取りだし、私に何か求めるような目を向けてから、その便箋をテーブルに滑らせ、私によこした。
『読んでみてください。』私は、テーブルから京子さんに渡された便箋を拾い、便箋に目を落とした。
簡潔な内容であったが、母の切なる希望が、隠っていて京子さんも、急な内容に困惑したであろう。
『京子さんへ。
今まで、本当にありがとう。いつか、京子さんが息子の伴侶となり、二人の子を…孫を和が手に抱き、温もりを感じた夢を見ました。
京子さんの様なお嫁さんが息子にあったなら、私も息子も、もう少し幸せだったでしょう。
誠に、ありがとうございました。』
京子さんは、母の残した便箋を手に、夜な夜な涙したと言う。
なんとも言えず、私も瞼が閉じて目頭が熱くなっていた。
私よりも、母が一番苦しんでいたのは、私のわかったつもりだったと…。
誰が謂わずとも。
知れている。
全てを判然とさせる為もあっただろうし、母への親しみもあっただろう。
京子さんは、その理由で再び来訪したのだ。
京子さんに不自然な気持ちがあったかは、私の知る所ではないが。
京子さんは、我が家に来たのだ。
別に頼まれて親しくしていたと言われれば、元も子もない。
母が残した便箋があったからと言う理由でもよい。
とにかく、来なければそれでも誰も非難などしないであろう間柄に変わりない。
京子さんの優しさもあっただろう。
京子さんは、京子さんなりに母の便箋の意味を理解し、私に見せ、答えを求める。
私は、どうしたら良いのかは、解っている。が、それだけに釈然と答えられない。
『果たして、私をそんな風に見てくれるだろうか?』で、あるし『何も、こんなオジサン相手では、役不足であろう』
しかし、京子さんは、それらを呑み込み、私に母の便箋を見せたのだ。
私に答えを求める気がなければ、便箋を私に見せる必要ななく。
京子さん自身が心にしまっておけば、いいのだ。
母の便箋を目にし、京子さんの目の前で私は、返事を選び沈黙する。
『恋人。ずっといなかったって…お母様から、聞いた事がありました。私は、そんな貴方ですので、貴方の答えを待ちます。』
あまりの気遣いであった。
私は、返答出来ないまま
京子さんは、ゆっくり立ち上がると
『又、お伺いする理由も出来ましたので。今日は、これで…』
玄関まで、見送りに私が出て
『京子さん。今日は、ありがとうございました。すいません』
柔らかく微笑んで、深く、お辞儀して京子さんは、帰っていった。
まさか、こんな形で
京子さんを想う事になるとは思いもしなかったが、母にも京子さんにも感謝できた。
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