「ねえパパ、ポップコーン買って来ていい?」
由紀が健介に向かって訊いた。
「良いけど、混んでいるから迷子になるなよ。」
健介の言う通り、会場内は相当な混み具合だ。
「由紀ちゃん、おばちゃんが一緒に行ってあげる。」
徹子がその状況を見て名乗り出た。
「ありがとう・・。」
徹子は、由紀とは冴子を通し以前から仲が良かった。
今回の事も、徹子が由紀を説得したのだ。
二人が会場の入り口近くを歩いていた時だった。
「あっ、ママだ」
突然由紀が大きな声を出した。
横に居た徹子が一瞬驚いた。
「えっ? ママって?」
徹子は、由紀の指さす方向を目で追って見た。
徹子の目にまず入ったのが、黒服の一団であった。
如何見ても、その筋の輩だ。
その一団が、ある人物を丁重に迎え入れていた。
高級な服に身を包んだ、セレブな雰囲気の女性だ。
由紀はその女性を指差していた。
「由紀ちゃん、違う、ママじゃないわ、あの人はママじゃないわよ。」
セレブな女は、堂々とした態度で、黒服の男達を従えていた。
徹子は、あの女性が、冴子のはずが無いと思った。
未練があるのか、何度も振り返る素振りを見せる由紀を制し、徹子は売店へ
向かった。
「ママがいたよ。」
由紀の言葉を、健介は始め何気なく聞いていた。
「ママがここにかい?」
「うん、ねえオバちゃん、ママいたよね?」
由紀は徹子に同意を求める様に、話しかけた。
「いえ、由紀ちゃんがそう思っただけで・・だって、その人達、コレもの
よ。」
徹子は指で、頬の辺りに傷を付ける仕草を見せた。
その仕草を見て、健介は驚愕した。
(まさか!)
健介は、その女性が冴子の様に思えた。
だが今の立場の冴子が、この様な場所に出て来られるのだろうか?
それが健介には疑問だった。
とても自由な行動が出来る境遇にあるとは、思えなかった。
「何処だ、由紀、何処に居たんだ?」
徹子は、健介の慌てぶりに戸惑いながらも、
「アリーナ席の方だけど・・。」
そう言って応えた。
「済まない、一寸見て来る。多分違うと思うけど・・。」
一応、徹子に悟られない為に、その様な言葉で補ってみたものの、その姿を
確認出来るまでは何とも言えなかった。
<影法師>
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