男が憎かった。
こんなにもあの男を憎いと感じた事は無い。
全てはあの男のせいだ。
あの男がこんな事をしていなければ・・・。
冴子は思いっ切り声を上げて泣いていた。
由紀に逢いたい・・、冴子はその思いに強く囚われていた。
思わぬ形で妻冴子の姿を確認する事が出来た。
その姿は、健介の知るものと明らかにその形は違っていた。
自由を拘束され、奴隷の様な生活を強要されているものとばかり思ってい
た・
だが、如何見てもその様には見えなかった。
「如何言う事なの? ねえ、健介さん、冴子さんが、如何してあんな人たち
と一緒に居たの?」
「すまない、今は何も聞かないでくれないか・・。時が来たら、必ず説明す
るから・・今は由紀の事で精一杯だ。」
健介は徹子に会場での出来事を尋ねられ、そう答えた。
父親の事が心配になった由紀は、健介を追う様にして、男達に捉えられた健
介の姿を見つける。同時に自分を呼ぶ母の声を聞いたのだ。由紀はその声に
引っ張られ様にして、会場から去って行く冴子の姿を見た。
「大丈夫よ、由紀ちゃん、落ち着いている様だから。」
「でも、雰囲気が随分違っていたわね。あの人が、あの冴子さんとはとても
思えなかったもの。」
確かに、健介の知る冴子とは違って見えた。
「服装や、髪型のせいだろう。」
「良い暮らしをしている様ね。犯罪に巻き込まれた訳じゃないなら・・良と
するべきじゃないかしら?」
(犯罪に巻き込まれたのではないなら・・・?)
(冗談じゃない、あれが犯罪じゃなくて何なんだ!)
健介は声に出さないものの、徹子に食って掛った。
だが、徹子の言う通りかもしれない。
失踪当時と今とは、冴子の置かれた立場があきらかに異なっている様だ。
今の冴子は、如何見ても自由に動ける状況に有るのだろう。
自分の意思で、あの場所に来ていたとしか思えない。
だとすれば、冴子は自分の意思で、健介と由紀の元から去ったとしか思えな
かった。
<影法師>
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