教えられた場所近くに行くと、その周囲を見回した。
黒服の一団は、直ぐに見つけられた。
その一団の中に、高級な服に身を包んだ、艶やかな女性が座っているのが見
えた。
健介の目が、その女性に釘つけになった。
感じは多少変わってはいるが・・、紛れもない冴子だった。
健介は、泳ぐようにその方向に向かって歩き始めた。
(冴子・・冴子・・・。)
心の中で、その名前を何度も呼びながら・・一歩一歩冴子に近づいていっ
た。
黒服の一段が座る席近くで立ち止まると、健介はジッと冴子を見た。
真近で確認した事で、それが冴子であると確信した。
「冴子!」
健介は遂に声を出し、その名を呼んだ。
冴子の耳にその声が届き、その声の方向に顔を向けた。
冴子の顔に驚きが走った。
次の瞬間、横に居る工藤が動いた。
「小松、矢島、あの男を近づけるな、騒ぎを起こさずに、外に連れ出せ!」
二人は素早く動くと、健介の身体を捉え、その場から押し出す様にして、冴
子から遠ざけ始めた。
「冴子様、今日はこのままお帰り頂きます。冴子様もその方がよろしいので
は?」
工藤がそう宣言した。
冴子の目は、まだ健介の方に向けられていた。
その健介の身体が、冴子から段々と遠ざかっていた。
小松、矢島が二人掛りで健介を捉えていた。
「冴子様、此方からどうぞ・・。」
工藤が冴子を急かした。
「由紀!」
ハッとして冴子の表情が変わった。その瞬間由紀を思った。
ここに由紀がいる、冴子はそう感じた。
周囲を見渡すと、由紀の姿を探した。
だが、そこに由紀の姿は無かった。
「冴子様、どうぞ此方へ・・」
今度は滝嶋が冴子を急かせる様にして、その場から移動を開始した。
冴子は、何度も振り返りながら、会場の様子を確かめている。
「由紀、由紀!」
冴子は何度もその名を呼び続けた。
冴子の意志とは別に、その身体は次第に会場から離されて行った。
車に乗せられた後、
「今日の事は如何かお忘れ下さい。会長にこの件は報告致しませんので。全
ては冴子様のお為です。」
冴子は、受けたショックが余りにも強く、何も考えられる状態には無かっ
た。
滝嶋はその事を察し、
「今は何を言ってもお判りになりません。どうかそっとしてあげて下さ
い。」
工藤に向かって、そう頼み込んだ。
<影法師>
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