翌朝、流石に照江の夫は彼女を強く叱った。
「いい加減にしろよ、何でそんなに遅くまで、仕事しなければいけないの
だ。」
それでも、照江が不倫しているとは思ってはいない様だ。
「―遅くまではやらないと言う約束だったろう? 自分が言った事は、チャ
ンと守れ、」
如何見ても、照江を疑っている様子には見えなかった。
男とセックスをして遅くなったとは考えてもいない。
むしろ、本当に残業で遅くなったと思っている様だ。
「済みません、昨日は特別だったので・・今後は断ります。」
照江はほっと胸をなで下ろしたものの、何故か寂しさを感ぜずにはいられな
かった。
(モット私を見てよ! 何でそんな風にしか見てくれないの? お願いだか
ら、私を捕まえていてよ!)
照江は、心の中で夫に向けて、そう叫んでいた。
そんな夫に比べ、蔭山が照江に見せる姿は、あくまでも優しく思えた。
(本当に馬鹿な女だ。俺の言いなりだな、こいつは。)
蔭山は照江をそう見ていた。
(健二さんの為なら・・。)
照江と蔭山の胸中は、それほどに異なっていたのだ。
ただ、蔭山は、照江との関係は依然、続けていく気はあった。
彼は彼なりに、照江の利用価値を考えていたのだ。
大悪党ではないが、小悪党ではある。
「照江、帰りチョッと時間あるかな?」
例によって、蔭山からの誘いだ。
周囲の様子を確かめると、幸い誰もいなかった。
照江は蔭山の胸に飛び込むと、
「抱いてくれるの?」
そう言って彼に確かめた。
暫く蔭山からの誘いが無く、照江自身多少、飽いている状態だった。
「遣りたいんだろう?」
「沢山して欲しい。」
照江はもうなりふり構わなかった。
「スケベ女!」
蔭山は、照江にキスをした後、そう言って虐めた。
「何とでも言って・・。」
照江は卑猥な笑みを浮かべながらも、
「健一さん、お願いが有るの? 頼んでも良い?」
突然そう言って彼を驚かせた。
照江から蔭山にものを頼む等と言う事は、セックス以外では、今までに無い
事だ。
事セックスに関する限り、照江が蔭山にねだる事は、数知れなかった。
「何だ、言えよ。」
彼は、彼女が何を頼む気なのか、興味が湧いていた。
「主人に電話して欲しいの? 私に残業を頼みたいって・・?」
照江の頼み事に、正直蔭山の方が慌てた。
「何言っているんだよ、いくらなんでもそれは拙いだろう?」
「うちの人、私の事なんて、コレッポッチも疑っていないのよ、信じられな
いでしょうけど、そう言う人なのよ。」
蔭山は、直ぐには照江の言う事が信じられなかった。
「副店長から言われれば、直ぐに、信じる人なのよ。私が、健一さんに夢中
になるの、判るでしょう?」
照江が、愚痴をこぼす様な口調で、蔭山に言った。
その時、人の気配がした。
二人は急いで離れると、
「柴田さん、そう言う事で頼むね。」
蔭山がワザと大きな声で、照江に声をかけ、早々とそこから去った。
<影法師>
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