「照江、今日、良いだろう?」
厨房の陰に呼ばれて、蔭山からそう声をかけられた。
「今日ですか?」
この日照江には、前から予定している事があった。
しかし、蔭山の誘いに、その心が動いた。
前回に続いての2回目の誘いだ。
これを受ければ、蔭山との関係を自ら認めた事になる。
彼の誘いは、当然セックス目的なのは判っている。
それに応じる事が、どんなにか危険な事かも判っていた。
だが、正直照江は迷っていた。
この前の事が、あまりにも強烈な出来事だけに、何故か身体が疼いた。
「今日じゃないとダメですか?」
彼女は、それと無く訊いてみた。
「何だよ、ダメなのかよ・・?」
その言い方が気になった。
照江の答えに、蔭山が満足していないのが判る。
断れば、良い結果が生まれない様に思えた。
「判りました。何とかしますから・・。」
照江のその返事に、
「何か予定あったの?」
しおらしく訊き返した蔭山だが、照江の方が気を利かして、
「いえ、大丈夫です。」
特別問題が無い様に応えなおした。
(また、承知してしまった。再び、夫を裏切る事になるのね。)
蔭山と約束を交してしまった後、その思いが胸を過った。
しかし、それよりも、又あの蕩けてしまう様、時を過ごせる。
それが、今の照江には、自分に対する最高の御褒美に思えていた。
そしてそれは、女として自分を相手にしようともしない夫に対する、照江の
復讐でもあった。
「キヨちゃん、お母さんだけど、今日も残業になっちゃったの、悪いけど、お
父さんの夕飯お願い出来る?」
店の裏で、我が家宛てに電話を入れた。
店内では、照江の嘘が、誰に聞かれるとも限らないからだ。
こうして、娘の希代子に嘘をついてまでも、蔭山とのセックスを優先した照
江であった。
<影法師>
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