「凄いお料理。」
私達のそばに、食事の世話をする仲居さんがおりました。
私達がたった今結ばれた事を、この仲居さんに伝えたい衝動にかられます。
彼は、もうそんな事を忘れたかのように、テーブルの上に並ぶ料理をおいし
そうに食べておりました。
「これもおいしい、おっ、こっちもいいね・・。」
そんな事を言いながら料理を口に運ぶ彼に、ビールを手にして、
「雄一さん、はい」
私は彼の方に差し出しました。
「あっ、ありがとう、礼ちゃんも飲みなよ。」
差し出したビールをグラスに受けながらそう言う彼、
「そうね、私も今夜は少し頂いちゃうかな。」
「そうそう、どうぞ、礼ちゃん・」
彼が瓶を手にすると、私の方へ差し出しました。
「酔っぱらったら、僕が介抱してやるから、安心して飲みなよ。」
「はい、そうさせてもらいます。」
彼と目が合い、二人の間には何も無かったかの様に、微笑みを交していまし
た。
食事が終わり、テーブルの上が綺麗にかたづけられていました。
そのテーブルを挟んで向かい合っていました。
「旅行って本当にいいものね?」
「そうだね、たまに来るのはいいね、仕事ばかりじゃ人間ダメになる。息抜
きも必要さ。」
窓から外を眺めると、街の灯りが綺麗に見える。
「礼ちゃん、今日は来てくれて本当にありがとう。僕には一生の思いだだ
よ。」
「やだわ、雄一さん、何か今にも死んじゃうような言い方ね、私そんなの嫌
よ。」
「そうか、そうだね、いや、でも、嬉しかったのは本当だよ。」
彼の言い方は、実に嬉しそうだ。
「私も、雄一さんと来れてよかった。」
「本当にそう思ってくれる?」
「嘘なんかじゃないわ、本当にそう思っているもの。」
私達は、この旅が決して許されるものでない事も判っていました。
でも、この旅が、二人にとって無くてはならないものだと言う思いがありま
した。
「れいちゃん、一緒にお風呂に入らないか?」
「お風呂に?」
「こんな機会はもう無いと思うから、礼ちゃんの全てを見せて欲しい。」
彼がそう言いました。
「判った、それじゃ、私が背中を流してあげる。」
「そうしてくれるかい、いいね~。」
二人の気持は直ぐに一致しました。
部屋に備え付けられた露天ぶろに、そのまま私達は移動しました。
再び彼の前に、裸体を晒す事になりました。
「綺麗な身体だね、礼ちゃん。さっきからそう思っていたよ。」
「そんな事ないよ、太っちゃったし、お腹だって、弛んで来ちゃったもの。」
「ううん、そんな事ない、本当に締まった素敵な身体だよ。」
彼の視線が突き刺さるようでした。
「やだ。そんなに見つめないで。恥ずかしいわ・・。」
「一緒に風呂に入ったりはするの?」
突然の質問に、
「子供達とは、もう入ってないわ。」
「じゃなくて・・」
と彼が言います。
「主人と・・?」
「そう、ご主人とは・・?」
私は少し顔を下げると、
「言わない約束でしょう? 今は雄一さんの事しか考えてないわ。」
何でそんな事を聞くのかと言う気持ちだ。
「本当の事言うと、焼けるんだよ。礼ちゃんを好きに出来るご主人が、憎らし
く思えてしまう。」
私から視線を反らせ、そんな事を彼はいいました。
「雄一さん・・。」
彼の手が伸びて、私の身体を引き寄せました。
「ごめんなさい・・。でも、心は彼方のモノ。」
「れいちゃん・・。」
「ゆういちさん・・。」
私達は、その岩の浴槽の中で抱き合うと、静かに口付けを交しました。
<影法師>
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