「ママいつ帰るの?」
娘の由紀が健介に恐る恐る訊ねた。
最近の父親の様子が、彼女の知る父親とはどこか違って見えていたのだ。
「そんな事パパに判る訳無いだろう!」
健介は思わず娘に大声を出してしまい、直ぐその事を悔いた。
「由紀、ごめん、パパどうかしているね。大丈夫、ママは直ぐに帰って来る
よ。」
娘にはそう言ったものの、果たして本当に妻は帰って来るのだろうか?
それに、もし戻って来たとしても、今までの様に妻を愛しむ事が出来るだろ
うか?
健介は全てに自信が無かった。
妻のあの痴態を知ってしまった自分に、妻を許すだけの度量が有るのだろう
か?
今までの様に、妻冴子を抱いてあげる事にとても自信は無かった。
今この時間にも、最愛の妻が見知らぬ男の愛撫を受けているかもしれない。
それを考えただけでも、健介は気が狂いそうだった。
そして、それに対して何も出来ない自分が歯がゆく思えた。
夫とは、こんなにも無力な存在なのか?
情けないと・・健介は思った。
「お見えです。」
工藤からの連絡で、冴子は滝嶋と並んで男を迎えた。
冴子に対する待遇は大きく変化していた。
近頃の冴子献身的な姿を、男が評価しての事だ。
口枷、戒め等外され、服の着用も認められていた。
そこで用意されたブランド物だ。
「滝嶋、今日は禊をするぞ。」
「はい、承りました。用意させて頂きます。」
冴子は二人の会話を黙って聞いていた。
余計な質問は、男を怒らせる事になるのを知っていたからだ。
「冴子! 仕度しろ。」
冴子に対する、お勤めの要望だ。
冴子は、ここでの唯ひとつの仕事を行なわなければならなかった。
(禊って・・何なのかしら?)
滝嶋に命じたその言葉が胸に引っかかっていた。
<影法師>
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