冴子は窓にもたれながら、考え事をしていた。
(あれで良かったのよ、こんな私を許してくれるはず無いもの。もう以前の
私には戻れないのよ。)
最後にカメラに向かって言った言葉は本心だった。
結果的に、夫を裏切った事には間違いないのだ。
例えどんな状況であれ、その肉体を、夫以外の男性に任せたのだ。
世の中で、夫だけが自由に出来る自分の肉体を。
その禁を破ったのは、冴子自身なのだ。
自分の醜さを夫に見せる事で、夫が決断し易い様にしてやるのも、妻として
最後の務めの様に思えた。
「冴子様、ご主人様はとてもお歓びですよ。」
滝嶋が冴子の部屋に顔を見せ、そう言った。
「そうですか、そう言ってくれましたの?」
「はい、そうお聞きしました。でも、冴子様はそれでよろしかったのです
か?」
滝嶋が意外な事を言って来た。
「それで良かったって・・・、これしか道は無かったと思っています。」
「ご主人は如何なされるでしょうか?」
「離婚する覚悟は出来ています。妻のあんな姿を見せられたら、誰だって許
せるはず無いでしょう?」
冴子は、滝嶋が何故そんな事を聞いて来たのかと思った。
「確かに、悩まれるとは思います。」
「滝嶋さんは、如何してそんな話をされるんですか?」
冴子はその事を素直に訊ねてみた。
「私には、冴子様の様な勇気はありませんでした。夫を愛していましたし、
失いたくもありませんでした。だから、あの禊で、ご主人様からのお褒めは
頂けませんでした。」
そうだったのか・・冴子はそう思った。
「それで如何なったのですか?」
「帰された後、必死になって主人にそれまでの経緯の全てを話しました。で
も一年も過ぎてからでは遅すぎました。幾ら話しても信じては貰えません、
挙句には離婚届を突き付けられて・・。」
冴子は複雑な思いで滝嶋の話を聞いた。
心と肉体のアンバランス、そんな言葉が浮かんでいた。
心では夫を裏切らなくとも・・肉体はそうではない。
それは、即ち裏切りとなるのだろうか?
滝嶋は結局裏切り者の烙印を押されたのだ。
冴子は、自分は如何なのかと考えた。
心も身体も・・裏切り者となった。
もう、悩む必要は無かった。
夫もそう思うに違いない。
それでいいのだ・・、そう思った時、ふと由紀の顔が浮かんで来た。
<影法師>
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