「こんな時間なのにまだ帰らないなんて、何か有ったのかな?」
冴子の夫健介は、娘の由紀に話しかけた。
由紀は6年生になる。来年は中学生だ。
「何処へ行くか、由紀お前聞いていたか?」
「パパこそ聞いてないの?」
「3時頃に電話が有って知り合った人に誘われたって話は、聞いたんだけど
な?」
「それにしても遅いね?」
親子の会話はそこで一端止まった。
その時、部屋の電話が突然鳴った。
健介が受話器を取ると、
「もしもし・・あなた?」
電話の相手は冴子だった。
「こんな時間まで何しているんだ、早く帰ってこい。」
健介は強い口調でそう言った。
「ごめんなさい、暫く帰れそうもないの、理由は聞かないで下さい。」
「何バカな事言っているんだ、帰れないとはどういう事だ、理由は言えない
だと? ふざけているのか
?」
最後の方は強さが消えていた。
「本当に帰れないの・・許して下さい。」
健介は、冴子の様子が変なのに気づいた。
「冴子、お前今何処に居るんだ、そこに誰かいるのか?」
「あなた・・。」
冴子の声が涙声に変わっていた。
「ご主人ですか?」
突然声の主が男に変わった。
驚いたのは健介だった。
「誰だ、妻を如何するつもりだ?」
「ご心配なく、お金や、ましてや命を取ろうなんてマネはしませんよ。いず
れご主人の元に無傷でお返しますので、それまでは騒がずにお待ちくださ
い。」
男の言葉は意外に丁寧だった。
「何を勝手な事言っているんだ。良いから今直ぐに妻を返せ、警察に連絡す
るぞ。」
健介は男に対してそう言い放った。
「それはお止めになった方が良いと思いますよ。その方が奥さんの為です
よ。」
男が意味深い言葉を吐いた。
「如何言う事だ? 今の言葉は、如何言う意味だ。」
「奥さんの恥が世間に知れて困るのは、彼方達だと思うのですがね?」
「妻に何をしたんだ、妻に何を!」
健介は狼狽した。妻冴子の身に何が起きているのか、気が気ではなかった。
「いいですね、警察に通報して困るのは、彼方達だと言う事をお忘れな
く。」
男はそう言うと一方的に電話を切った。
「お父さん、如何したの、ママは? ママは如何したの?」
健介は呆けた様に、ジッと切れた受話器を眺めていた。
<影法師>
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