「何を話していたの? あの人と。」
冴子は工藤に話しかけた。
「冴子様の事です、ご主人様の大事な方と申し上げました。」
「そう、私の事気がついたみたいね?」
「そう思います。何か?」
「いえ、なんでもありません。」
田沢夫人は、あの時の事を忘れた訳では無いようだ。
夫人は多分、冴子の事を思い出した筈である。
自分が、男と冴子の橋渡し的な役割を務めた事を・・。
それが、犯罪とは言い難い。その後の事とは夫人はまるで無関係なのだか
ら。
今更何を言った処で、全ては終わってしまった事だと冴子は思った。
大賀徹子も田沢夫人も、冴子が性奴となる為に仕組んだ事では無かった。
全ては・・男と巡り逢った事が冴子の運命を決めてしまったのだと・・。
「工藤さん? 訊いていいですか?」
「はい、何でしょう?」
「あの人の事?」
「あの人?」
工藤は冴子に訊き返した。
「私の夫だった人の事です。」
冴子は車の窓に目を向けて、訊いた。
「その件ですか、その後特別な事はありません。連絡もしてはおりませんの
で。」
「あれを送ったんでしょう?」
「はい、ご主人様との会話を入れたものですね?」
「申し訳ありません、仕事なものですから。」
「お願いがあるんですけど?」
「私に出来る事でしたら?」
「簡単な事です。お願い出来ます?」
冴子はそう言うと、ある事を工藤に頼んだ。
「ご主人様には、内緒にして貰えます?」
「話されて、お困りになるものとは思えませんが?」
「未練がある様に思われるのも困りますから・・。」
「判りました、後でご用意いたします。」
工藤はそう言って、冴子の頼みを受けた。
「如何だ、ここの生活は?」
「はい、とても楽しくさせて頂いております。」
ハーレムとは違い、ここを訪れる時の男は普通に服を着ていた。
その世話をするのも冴子の仕事だ。
「お前は可愛い奴だ、後でたっぷり可愛がってやるからな。」
「お願いいたします。冴子はご主人様のものです。」
「いい心がけだ。」
男にとって、冴子は正妻をしのぐ存在となっている様だ。
これまで愛人の一人に過ぎなかったハーレム生活とは違い、戦国時代の豊臣
秀吉の側室、
淀君の様な存在になりつつあった。
それは、冴子の持つ教養、肉体、床の中での仕草、その全てが誰よりも勝っ
ていたからだ。
<影法師>
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