「いらっしゃいませ、あら、工藤さん、珍しいですね。」
冴子の後に着いている工藤に、田沢夫人の目が行った。
「お久しぶりです、今日はお客様をご案内しました。」
工藤の言葉に、田沢夫人は冴子に視線を戻した。
「ようこそいらっしゃいました、私どもは初めてですか?」
彼女は、冴子の事等をまるで覚えていない様だ。
「ええ、よろしく。」
冴子の服装はあの時とは違い、全身高級ブランド品で固めている。
如何見ても、堅気の女には見えなかった。
「冴子様、時間になりましたらお迎えにまいります。」
「お願いします。」
工藤は、そう言って店から出て行った。
席に案内されると、冴子は田沢夫人を見ながら、
「私の事、覚えていませんか?」
そう話しかけた。
「お逢いした事があるのですか?」
「一度だけですが・・お忘れかしら?」
田沢夫人は冴子を見て、記憶をたどっている風だ。
「申し訳ありません、こんな仕事をしておりますと、いろいろな方とお逢いし
ますので・・。」
済まなそうに詫びる夫人に、
「そうでしょうね・・、大賀徹子さんは御存じ?」
田沢夫人の顔色が変わった。
「あら、何か思いだした様ね?」
「ええ、お友達ですが・・。」
「そのようですね、彼女はお元気?」
「最近は逢っていませんので。」
田沢夫人の様子が、初めとは違っていた。
「失礼ですが、お客様は如何言った方でしょうか?」
「貴女が主催しているパーティーで・・と言ったら。」
冴子の言葉に、田沢夫人の手が止まった。
「思い出しました?」
「あっ、はい、確かあの時の?」
「ええ、片平冴子です。大賀さんのお友達だった。」
田沢夫人の顔色が変わっている。
「そうでしたか、それは失礼しました。パーティーの事はどうぞご内聞に願い
ます。」
「今もされているのですか?」
「お陰さまで、結構皆さまには歓ばれております。」
夫人は殊更にその事を強調して話した。
冴子は、その時の様子を思い出しながら、
「あの後、私の事変に思われませんでした?」
冴子はその事を訊いてみようと思った。
「貴女の姿が見えなくなってしまったので、大賀さんと話はしたのです
が・・?」
その時の事を夫人はそう説明した。
「帰ったと思われたと訳?」
「ええ、パーティーに驚いて、一人でお帰りになったのだろうと・・?」
「隣の部屋で待つ様に・・、私貴女に言われたのよ。」
「そうでしたか? すみません、あまり良く覚えては。」
夫人の記憶はその程度だった。
「まあ良いですわ。もう済んだ事ですから。」
その話を境に、田沢夫人は寡黙になった。
帰り際、田沢夫人は工藤と何か話をしていた。
そして、驚いた様な素振りを見せ、冴子から目を反らせた。
<影法師>
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