改札を出て、鉄道警察隊の派出所にむかう。
きちんと説明すれば、おまわりさんもわかってくれるよ。電車が揺れたから、ふらついただけのことなんだから。でも・・・。左手で握ってた鉄の持ち手より太かったなぁ・・・。あれ、ほんとにペニスなの?
いやいやいや、偶然なんですって!
後ろから、あの「自称・被害者」のサラリーマンがついてくる。まだお互い、名前も知らない。
「巡回に出ております。緊急の用件の際は、なかに入って電話してください。」
派出所は留守だった。まぁ、めずらしくはない。構内を見て回っているのだろう。仕方ないよ。
「留守ですね。」
「そうみたいですね。電話しますか。」
「いや、そこまでしなくていいんじゃないです?」
「何を言ってるんですか?私は被害者で、あなたは犯罪者なんですよ?」
「犯罪者?また大げさな~」
「とにかく、電話しますから」
「ちょっと待ちなさいよ!」
押し問答になった。そこまで事態を悪化させたくなかったし、悪気はなかったのに・・・。
「じゃあ、謝ってくださいよ。」
「え?」
「ほんとは痴漢しました。触りたくて仕方ありませんでした。ごめんなさい。って」
何を言いだすのだろう、この人は。
「そう、認めたら、許しますよ。私も昨夜は徹夜だったので帰って寝たいんです。」
あぁ、どおりで目が充血してるんだ。この人はベットタウンに「帰る」途中だったのね。
どうせ、どこの誰かも知らないし。ここで別れちゃえば、もう会うこともないでしょ。相手も寝てすっきりしたら、明日には「昨日、痴漢にあった」くらいで忘れちゃうでしょ。
すごく、軽率な考えだった。
「ごめんなさい。あなたのがあまりにも立派だったから、・・・。その・・・。触っちゃいました。どうもすみません」
半分本気、半分偶然。そんなあいまいな謝罪をした。
「だろうと思ったよ。痴女が・・・。」
カチン・・・。
痴女なんかじゃないもん・・・。
「指輪してるじゃん。結婚してまで他の男に手を出すとは、そーとー溜まってんでしょ」
そりゃ溜まってるけど、痴女なんかじゃないもん!
言い返したら、またややこしくなりそうで・・・。
「すみませんでした」
それだけ言った。
「もうするなよ。旦那が泣くぜ」
「泣きたいのは、私だー!
最後の一言は、言葉にならなかった。
私に軽蔑の視線をむけると、そのまま歩いていってしまった。
なにあれ。ムカッ。
茫然として、ベンチに座る。私は、痴女なんかじゃないもん・・・。
しばらくして、私も構内を出る。帰ったら、家事しなきゃ。とぼとぼと、帰路につく。
団地入り口にさしかかる。
家から一番近いコンビニの入り口で、またあの男性と出会ってしまった。
「なんだよ、またあんたかよ。」
先に言われた。
「何か用なの?謝罪を取り消すの?」
「違います。私もこっちなんです!」
「へー。同じ団地に痴女がいるなんてね。気を付けなきゃね。」
冗談じゃない。なんでこんな偶然が・・・。
早歩きに近い早さで歩いていく。
「どこの棟なの?」
無視。
「あー、団地じゃなくてマンションのほうかな?」
ついてくるな。
「じゃ、俺こっちだから。おやすみ、痴女さん」
ふぅ・・・。同じマンションじゃなくてよかった・・・。
エントランスで振り返る。
あ・・・。あいつもこっち見てる。手まで振ってる。
最悪。向かいの団地だ。
急いで家に帰る。ベランダまでいき、カーテンを全部閉める。相手より先に閉めてしまえば、部屋を特定されることもないでしょ。
カーテンの隙間から、団地をうかがう。
電気が付いたのが、ひと部屋だけあった。
5階の左端。
うちの真正面・・・。
50メートル先に、こんな至近距離に、私を痴漢呼ばわりしたやつがいる!
どんだけ偶然なのよ・・・。ありえない。
その日は、洗濯物を外に干さずに乾燥機に全部入れた。服が縮むから、ほんとはいやなんだけど・・・。仕方ない。
これが、記念日1年前の出会い。
この1年後、乾燥機には私の服は入らなかった。
そして、人間ではなくなった。
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