遅いな・・・、妻の身に何か有ったのだろうか?
ついに彼は待ちきれなくなった。
歯科医院に入口の前まで進むと、暫く考える様な仕草から、大きく息をする
とドアノブに手を掛け、静かに引いた。
待合室に誰もいない事を確認すると、奥の診察室に向かって声をかけた。
「済みません・・何方かいらっしゃいませんか?」
彼の問いに応える返事は無く、
代わりに、その静寂の中で、彼は微かに妻の声を聞いた。
(あの声は、確かに妻の声だ・・。)
「失礼します。」
誰もいない所に向かい、ひと言断りを入れると、
靴を脱ぎ、スリッパに履き替えると、彼はその声がする診察室のドアに手を
掛けた。
ビルの一室に、蜂矢と麗華が向かい合っていた。
「次回の賭場会で、強姦ショーに出す女性の件ですが・・?」
麗華が蜂矢に伺いを立てていた。
「ああ、もうそんな時期か、判った、また竹田に話して、適当な女を探させ
る事にしよう。」
「よろしくお願いします。」
そう言って、蜂矢に頭を下げると、麗華は事務所を出た。
廊下に出て外を眺めると、窓の外に白い物が舞い始めていた。
「あら・・寒いと思ったら・・道理で。」
窓のそばに佇むとその雪を眺めながら、麗華は煙草を咥えた。
(そう言えば・・前回の出演者だった彼女、如何したのかしら? 最近全然
姿見かけないわね?)
麗華はふとその女の事を思った。
(やっぱり続かないものね・・・。彼女なら、もう少し長く勤まるかと思っ
たのに・・。今に始まった事じゃないけど。
まあいいわ、代わりの人はいくらでもいるのだから・・・・。)
麗華の頭の中では、その瞬間、その女の記憶は葬り去られた。
<終わり>
最後までお読みいただきまして、有難うございました。
チョッとした軽い気持ちから始まった、何処にでもいそうな平凡な人妻の浮
気が、その家庭の崩壊へと向かって行くプロセスを描いてみたく、この作品
を書いてみました。
12月から、「二人の母」と言う作品をこのコーナーに投稿させて頂く予定
です。
2組の母と息子の話です。その節はまたよろしくお願いいたします。(影法
師)
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