約束の日曜日、俺は指定されたNホテルのロビーで芳江を待った。
時間が少し早かったのか、まだ芳江の姿は見えない。
念の為、フロントで部屋の予約がなされているか如何かを確認してみようと
思った
「あの・・、笹本という名前で部屋を予約していると思うのですが?」
実直そうなフロントマンにそう訊ねてみた。
「笹本様ですね? 少々お待ち下さい。」
フロント係が機械を操作して、予約を確認すると、
「はい、確かにご予約を承っております。ダブルの部屋をお取りしてありま
すが、それでよろしいでしょうか?」
「そうですか、それじゃもう少ししたらチックインしますので。」
「はい、承知致しました。」
思った通りだった。
芳江の目当ては、どうやら俺の考えていた通りの様だ。
再びロビーに戻ると、芳江が現れるのを待った。
「お待たせ、早かったのね。」
如何にもセレブを思わせる高級そうな服で身を包み、芳江が俺の前に現れ
た。
「お待たせしたら、失礼だからね。」
「お久しぶり、元気そうね?」
改めて芳江が俺に挨拶をして来た。
「芳江さんこそ・・相変わらずお綺麗ですね。」
歯の浮くようなお世辞だと俺自身感じながらも、そう言ってみた。
「ふふふふ・・上手いのね、そう言う気の使い方は。」
芳江が色っぽく笑いかけ、
「それじゃ、先ずはお食事でもどう? 再会を祝してワインでも。」
ホテルの最上階のレストランで、俺達は暫し再開の宴を催す事にした。
暫し、雑談を交わした後、
「ねえ、この間逢ったでしょう・・私の娘と?」
芳江が話題を変えてきた。
「ええ、彼方に似て、綺麗なお嬢さんでしたね。」
芳江は手にしていたフォークを置くと、
「手を出したら許さないわよ・・。」
いきなり、先制打を浴びせて来た。
「何でそんな話になるのですか・・、まだ話もした事ないのに。」
俺は芳江に言った。
「あの娘、玲菜って言うの・・私達夫婦の大事な一人娘、主人もあの娘には
まるっきり弱いのよ。その玲奈が、この間の彼方を見て、私に紹介しろ・・
って言うの。」
なんとも意外な話が出てきた。
「俺を・・?」
「そう、何を考えているのかしら、あの娘。寄りによって彼方をなんて。」
芳江の言い方は露骨だ。
「そんな言い方、酷くない? 本人を目の前にしてさ。」
「よくそんな事言えるわね、母親と訳ありの男を、大事な娘に紹介をしろと
言うの、彼方は?」
芳江の言う事には一理ある。
「まあ・・それはね。」
「あの娘、言い出したら聞かないのよ、誰に似たのかしら? 私正直困って
いるの。」
芳江の心配は、母親としては当然の事だ。
「で・・如何する訳ですか、芳江さんとしては?」
少し意地悪な言い方でそう言ってみた。
「だから・・言ったでしょう、手を出したら許さないって・・。」
「えっ?」
言葉の意味が判らない。
「ねえ、一度だけ娘と逢ってくれない? それでハッキリ断わって欲しい
の、好きな人がいるとか何とか言って、ねっ、お願い。」
芳江が顔の前で手を合わせてそう言った。
「本気なの? 参ったな・・俺そう言うのは苦手なのだよ。初めから断る事
が前提なんて言うの、相手に対して失礼だよ、なら初めから逢わなきゃいい
のだから。」
俺の言う事は正論だ。
「だから・・こうして頼んでいるのよ、曲げてお願い。」
俺はこんな話をしながらも、これで芳江に一つ貸しが出来ると考えていた。
俺が渋々芳江の申し出を受ける形で、この話は決着した。
「この事はまだ主人には話してないの・・判るでしょう、どうせ断る話だ
し、変に話して拗れるのも嫌だから。」
「判りました、それじゃ、この話は二人の間だけという事にしておきましょ
う。」
俺は如何にも頼まれたから、と言う点を強調して言った。
食事を終えると、芳江は、
「私の用事は終わったけれど、もうお帰りになる?」
芳江がいよいよ本性を現してきたようだ。
「別に急ぐ様は無いけど・・何か?」
俺はワザと何も知らない振りで言った。
「再会を祝して・・二人で東北の夜を思い出すなんて・・如何?」
芳江は遠回しな言い方をして来た。
「いいですね、悪い話ではない。」
俺はキッパリとその様に返事をした。
「そう言うと思った、彼方なら・・。」
「それって・・、褒められているの、それとも・・そうでもない?」
「上に部屋取ってあるの、行きましょう。」
俺と芳江は、そのまま彼女の用意した部屋へと向かった。
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