「私、児島と申しますが、涌井さんいらっしゃいますか?」
「涌井ですか? 涌井は只今外出しております。」
「それでは、児島から電話が有った事をお伝えください。私の方から、また
連絡しますので。」
「涌井の方から連絡させましょうか?」
「いえ、出掛ける予定もありますので・・また私の方から連絡しますの
で・。」
由紀子はガックリとした。
少しでも早く涌井に相談したかったのだが、それが叶わなかった。
不安な気持ちを抱えながら、由紀子は漫然と過ごす事となった。
家事が中々手に付かないまま夕方を迎え、再び涌井の元に連絡を入れた。
「涌井ですか? 涌井はもう帰りましたが。」
相手から、思いがけない言葉が返ってきた。
「児島から電話が有った事、お伝えして頂いたのでしょうか?」
「はい、伝えました。何か急用が有ると言って帰りました。多分、涌井の方
から明日早くにでも連絡するのではないかと思いますが・・。」
「判りました、どうも有難うございます。」
礼を述べ電話を切ったものの、由紀子は目の前が真っ暗になる思いだった。
相談しようとした相手に逃げられたのだ。
由紀子の名を聞いて涌井が帰るはずは無い。
何故なら、今までそのような事は一度足りとなかったからだ。
必ずと言っていいくらい、涌井は由紀子の携帯に連絡を寄こしていた。
そんなマメな男が、手のひらを返す様に、冷たい仕打ちを由紀子に見せたの
だ。
その時由紀子は気がついた。
<そうだ、あの男が・・・、あの男が彼にも何か言ったのでは・・?>
その事に思い至ったのだ。
あの恐喝男が由紀子だけを脅すと言うのも変だ。同様に涌井を脅した可能性
はある。
そして、涌井はその事で由紀子から逃げた・・これが真相では無いだろう
か?
<どうしよう・・どうしたらいいの? 私どうすれば・・?>
由紀子は完全にパニックに陥った。
平凡な主婦が、ほんの火遊びで始めた不倫が、思いもしないつけを招いた。
この時由紀子は、例え夫婦仲が拗れようとも、夫に相談するべきだった。
しかし、由紀子はそうはしなかった。
一人で、この難局を収めるつもりでいた。
夫になど到底相談できる事では無いと、初めからそう思っていた。
夫を裏切ったのは、間違いなく自分なのだ。
今更・・相談など出来るはずも無かった
少しくらいの蓄えもある・
あの男なら、なんとか相談に応じて貰えるかもしれない・・、そんな淡い期
待を抱き、
約束の場所に一人出向いたのだった。
由紀子は何も知らなかった。その先にどんな罠が由紀子を待ち受けているの
かを・・。
余りにも世間を知らない、主婦由紀子であった。
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