「彼方、御免なさい、今夜はそんな気持ちになれないの・・。」
珍しくその夜、夫が由紀子を求めて来た。
「そんな言い方はないだろう、夫婦だぞ、たまに俺がその気になった時くら
い、相手になっても良いのではないか?」
夫が言う事にも一理ある。
だが正直柴田にあれだけ責められた後だ。とてもでは無いが、その気にはな
れない。
だが・・それでも拒否を続けたら、夫にどう思われるか。
幸い、ロープの後は消えていたので、その点を危ぶまれる事は無いはず。
夫が由紀子のパジャマを脱がせ、裸にした。
由紀子は、人形の様にじっとしたまま、夫にその身を任せた。
何も感じない・・。
夫は、いつもの通りに愛撫を加えていたのだが、由紀子にとってもはやその
程度の刺激は、刺激ではなくなっていた。
「何だ、お前、人形を抱いているみたいだぞ、いくら嫌でも、少し位は気持
ちを入れろ!。」
夫は無反応な由紀子に怒った。
「ごめんなさい・・。」
夫にその事を責められ、自分の肉体が微妙に変化して来ている事を知った。
「もういい・・!」
夫は興醒めしたのか、由紀子の身体から離れると、背中を向けた。
由紀子の眼から涙が零れた。
(ついこの前までなら、夫の愛撫に身悶えしていた私だったのに・・・。)
自分の意志とは別に、夫の愛撫には満足出来ない身体を恨めしく思った。
少しずつ、この家の中から自分だけが弾き出されていく様な感じがした。
(なんでこんな事に・・なんで・・・)
由紀子は声を出さずに、泣いた。
その夜を境に、夫の様子がなんとなく変わった。
これまでとは違い、言葉数が少なくなった。
娘達とはそれなりに話しているが、由紀子との会話は、必要最小限と言う感
じに変わった。
まさに、由紀子に対する愛情が冷めたように・・感じた。
そもそもが、由紀子の浮気から始まった事だ。
夫に対する不満からの浮気では無く、マンネリした日々の中で、チョッとだ
け刺激が欲しかった。そんな由紀子の心の中を見抜いた涌井が、由紀子を誘
惑し、それに乗ってしまっただけなのだが・・。
まだ、あの時点で、夫に心から詫びていれば、もしかしたら許してくれたか
もしれない・・。
だが、今、夫の愛情は、由紀子から完全に離れてしまった。
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