「意に添わぬとはいえ、異性に興味津々なお年頃の多感な男子が偶然手に入れた女の子の身体。しかも何をしようと誰にも文句言われない自分自身、よもや何もしてないとは言わせないよ~」
ビクッ!
「特にお風呂とか…体を洗う時のシャワーとか…」
ビクッビクッ…
「そうですね~鏡なんて…使ったりしてないよね?」
ビクッビクッビクッ…
「な…な…」
答えるまでも無い。湯気が出そうな程に耳まで真っ赤になって狼狽えている時点で肯定したようなものだ。
「両方知ってるのは紫織っちだけだよ。ちゃんとリードしてあげなきゃ」
「そ…そんな…まるで僕が淫乱みたいじゃないか…」
「違うよ、女の子はデリケートなの。今の紫織ンなら解るでしょ?自分の身体を守る事にもなるんだよ…」
言葉を継げられ無かった。二人は面白半分でからかっている訳じゃない。本当に僕を気遣ってくれている。
「ゥ…ウン…」
「とは言え、ムードは大切だよねぇ。ましてや肝心の言葉が無いんじゃ…」
「彩依はそういう点では本当の男子以下だもんね…」
幼い頃から父親は行方不明、親しい異性といえば紫織ただ一人。有るのは父親が残した膨大な研究資料だけ。性別を変えれば済むという結論を前提に事が進んでしまっていた為、一番大事な互いの気持ちが置いてけぼりになってしまったのがネックだった。
「あれだけ"オレの嫁"宣言し続けているし、私達から見ても紫織ンに好意を持ってるのは確かなんだよね」
「で…当の紫織っちはどう思ってる訳?」
「エッ?」
いくら幼馴染みとはいえ、あんなトンデモナイ事を平然と口にし、やってのけた端から見れば○○○○な奴の傍にずっと居るんだ。嫌いな訳無い。でも良く考えたら僕もその言葉を口にしていない。
「ウン」
たった一言の笑顔での即答、これで二人は解ってくれた。
「だとしたら、皆の協力も必要だね…」
「…という訳なんだ。みんな協力してよ」
学園祭も近付いたある日、一人の女生徒が教壇に立ち、クラスの同意を求めた。黒板にはチョークで演目のタイトルと配役が書かれている。名目上は出し物の劇だが実際は彩依に告らせる為だ。
ストーリーはこうだ。
―とある国の王子に一目惚れした魔女が自分に振り向かせる為に呪いをかけた。
しかし、呪いは城の魔法遣いに阻まれ上手くいかなかった。だが王子は女性になり姫君としての生活を余儀なくされた。
姫となった王子はあまたの求婚を断り続け、魔物が棲む深い森にある祠に閉じ籠もってしまう。困り果てた国王は一ツのお触れを出した。
【姫を祠より出せし者に婚儀を認め、この国の全てを与えよう】
と…。
「で、衣装はどうすんだ?」
「メインは大丈夫。何故かその類いは山程有ったりするから」
「背景や小道具は任せてくれ」
結構みんなノリノリだった。衣装はコスプレイヤーの女子、台本は売れ線創作系同人誌サークルメンバー、背景と特殊効果はコンピューター動画作成が趣味の男子が担当するという個性派揃い。後は演者だけだった。
「何でオレが魔女役なんだよ?」
男子となった彩依はかなり不服そうだった。
「駄目かな?仕方が無い…私が魔女をするかぁ…他の男子に紫織ンとキスさせる訳にはいかないもんねぇ」
「な…今何て?」
「だからお姫様役は紫織ンなんだよ。結構ラブシーンも濃厚だからもしかしたら…」
慌てて台本に目を通す彩依の目が皿のように見開かれる。
「な…な…何だコレは?オレの嫁に何を…」
「ヒロインだからねぇ。さっき衣装合わせ見て来たんだけど、王子姿の格好良さもさる事ながらお姫様の色っぽさといったら…」
「だ…誰がやらないと言った!?紫織に触れて良いのはオレだけだ」 何かを揉むようにワキワキと指を動かしながら妄想する女子の脇をすり抜けようとする。
「アレェ…何処行くの?まさか女子更衣室を覗くつもりかな、麻津度"君"」
わざと男子となった事を強調し、抑制をかける。
「…クッ」
結局、紫織の衣装姿は当日までお預けになった。
―学園祭当日―
「イラッシャイマセ、わたあめ如何ですか?」
「メイド喫茶です、ご主人様」
校舎内では様々な模擬店や展示が催され、校庭の一角では軽音部が響かせる音が観客と重なり合っている。
体育館では紫織のクラスの劇が演じられていた。
「…ここに国王の名の下に宣ずるものなり」
見晴台の上で伝令が高らかに国王からのお触れを読み上げている。そのお触れは伝書鳩や早馬によって各地に伝えられ、野心を抱く者が集まって行った。
「何ぃ!王子が姫君に…おお、何という事だ。我が呪いが原因で…」
魔の森から連れ出せたとしても女同士では婚儀を結べない。ましてや事の発端である自分では…。魔女は自身に呪いをかけ、一人の青年となった。ただ愛する者を救いたいが為に…。
鋭い荊の檻や凶暴な魔物達がまるで姫君の鎖された心の様に来訪者を阻み、次々と倒されていった。ただ一人を除いて…。
(結構ヤルじゃん、彩依…)
(シィ…、静かに…)
「麗しき姫よ、いや王子よ。我はそなたに心奪われ愚行に走りし哀れなる者…。聴いて欲しい、我はそなたを…」
ここで言葉が止まる。
(ちょ…彩依…)
ある意味この劇の山場と言ってもいい。その場面で演技が止まった。ザワザワとざわめく会場…、ここに来て失敗したのか?
スポットライトを外して暗転させ、緞帳を降ろそうとしたその時…。
ポタ……ポタ……
ステージに光る滴が一滴、また一滴と落ちる。
(……彩…依?)
「わ…我は…何と愚かだろう…。そなたと一緒に居たい…そなたが欲しい、その想いだけで呪いをかけてしまった。先に伝えるべき言葉があったのに…」
(アレ?台詞違うよ…)
(イイから…照明、ゆっくりとピンスポ!)
「オレを受け入れてくれなどと厚かましい事は言わ無い。ただ聞いて欲しい…」
静まりかえる場内、衣擦れの音すらしない。ただ魔女だった青年の言葉を待っていた。
「…好きだ…愛している……紫織」
(……ッ!?)
それは魔女だった青年の言葉では無く、彩依の心からの想いだった。
ズ…ズズ…
ゆっくりと開かれていく祠にスポットライトが集まり、一人の美しい姫を浮かび上がらせる。
「……私はある方に心惹かれ、ずっとお待ちしておりました」
彩依との身長差をうめる為、平らに造られた岩場(少し高めに積んだマット)に座る。
「今の言葉、誠ですか?言葉はとても移ろい易い…、何を以って証とされますか?」
「我が一生をかけて…」
ゆっくりと倒れ込み、見詰め合うと目を閉じて顔を近付けていく。徐々に暗くなっていく照明、その唇が重なる寸前、ステージは暗転した。
「キャアーー!」
「ウオオーー!」
大きな拍手と喚声が上がり、BGMと共にエピローグが読み上げられる。
―二人は無事城へと帰り、青年は姫を"妻"に迎えた。何故"妃"では無いのか…、それは国を継がなかったから。小さな家と少し大きな畑、それだけ有れば二人で暮らすには充分なのだから…。
「お疲れ様、紫…織…?」
ちゃんと告白されたというのに何故か不機嫌な様子で肩紐のズレを直している。
「ああ…そういう事…ね」
カーテンコールで次々と演者が列ぶ中、彩依の左頬だけが赤い。終幕の暗闇の中、マイクからスピーカーへの回線は切っていたがスタッフにはしっかり伝わっていた。打撃音と「調子にのるな!」という紫織の言葉を…。
「なぁ…本当にオレでいいのか?」
学園祭が日曜日に催された為、今日はその代休日。彩依は紫織の膝枕で耳かきをされていた。
「もう動かないでったら…駄目ならすぐに抱き着いたり、触ろうとするエッチで危険な人を部屋に入れないよ。ハイ、反対」
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