「アハハ…ゴメンね。ちょっと調子に乗り過ぎた」
「で…彩依の方はどうなの?」
ここで初めて彩依が困ったような顔をした。
「ウム…色々試してはいるのだが…肝心なモノがな…」
・・・?
ここでやっと何か引っ掛かっていたモノが少しだけ解けた気がした。
「ちょ…まさか、コレって彩依の所為なのか!?」
「エ…、紫織君知らなかったの?」
「てっきり合意のもとかと…」
パニクっていたとはいえ、何で今まで気付かなかったんだろう…。彩依のトレードマークは白衣で、父親は"アレ"な生物化学者…。疑いようが無いじゃないか!
「ずっと紫織君の事を"オレの嫁"って公言してたしねぇ」
比喩じゃなくて本気だったのか…。ああ…何かお腹が痛いし、クラクラしてきた。
「せめて陰茎だけでも生成出来れば良いのだが、周期の問題があって上手くいかぬ。急がねば紫織の"初めて"を奪えぬからな」
「彩依!いい加減に……ッ!?」
ドサッ…
立ち上がった瞬間、目の前が真っ暗になり僕はそのまま倒れて意識を失ってしまった。
「紫織…紫織ッ!!」
・・・・
意識を取り戻した僕が最初に目にした物は白い布に囲まれたアイボリーの天井。微かな独特の匂いとベッド…そうか僕、倒れたんだ。
「気付いたか紫織…心配したぞ」
覗き込んできた彩依の目は赤く、下瞼に隈が出来ている。
「ン…、気が付いたか?出血による軽い貧血…といっても心配するな。女なら誰でも通る途だ」
貧血で倒れる程に出血してどう心配無いのかすぐには理解できなかった。
「良かった…本当に良かった…。紫織には細心の注意を払い、安全性を確かめてはいたのだが、よもや予想外のトラブルが起きたのでは無いかと…」
「紫織…お前にも見せてやりたかたよ。普段冷徹な彩依の慌てっぷりを…」
「な…ッ?!」
トマトの様に真っ赤になった彩依は結構レアかもしれない。
僕を検査をする為と彩依は追い出された。まだ"彼氏"でも無いなら見せる訳にはいかないとの事だが彩依はかなり不満そうだった。
「まぁ此処じゃあ細かいトコまでは診れないし、私から言えるのは一ツだけ。彩依には気を許すな…特に二人きりの時は…な」
確かに僕を"嫁"にしたいというだけで性別まで変えようと考える奴だ。父親にも良くない噂があるのだから。
「いざという時はコレを使え」
カサ…
辺りを警戒しながらそっと握らされた物。軽い…手触りからして薬のようだけど…睡眠薬?まさか毒薬とか…!?
ユックリ手を開いてみる。
「いいか…信じ難いが初潮も来てしまった以上、お前はもう女の子なんだ。どうせお前の性格なら拒みきれないだろうからな」
ビシッ
「アンタもかいッ!?」
何が悲しくて日に二回も避妊具渡されなきゃいけないんだ。思わず床に叩き付けてしまった。
「まぁそう言うな。男子は女子生徒より性教育の時間が圧倒的に少ないのだから」
保健医に言われるまで自分に月経が訪れた事に思い至らなかった時点で否定できないけど。
「ああ、そうだ。お前の事だからどうせ持ってないだろ?使うといい」
そう言って手渡されたのは生理用ショーツとナプキン。
「ちゃんとショーツに貼れよ」
説明書を読むまで何の事かさえ解らず、こんな事でやっていけるのか不安になった。
「いきなりなんて大変だったね」
「伝染るから来ないで…」
「???」
その時の僕には何故すんなり受け入れられているのかを理解するだけ余裕が無かった。
「オイ、女子。次は体育だから早く出てけよ」
「わかってるわよ、さ…行こ」
この学校はいまだに男子は教室で着替えていたりする。小学校じゃないんだからと最初は皆ツッコミ入れてたけど最早馴れた物だ。サッサとカーテンを閉めて目隠しをした。
ザワ…
ザワ…ザワ…
「んしょ…と」
騒がしいのはいつもの事だけど今日はちょっと違うような?
「お…オイ…」
「ちょ…おま…」
ドドドドド…
丁度3ツ目のボタンに手を掛けた時、突然教室のドアが開いた。
「紫織ィーーーッ!!」
「ウワッ!!ちょ…着替え中だぞ」
「馬鹿か!お前はコッチだ」
裸の男子を物ともせず堂々と入って来るあたり流石は彩依だ。
「ちょ…」
連れて来られたのは女子更衣室。いや、それは無いって。いくら何でも許される筈が…。
「アハハ、駄目じゃん紫織ン」
「駄目だよ、簡単に肌なんか見せちゃ」
受け入れられてる…。しかも皆下着姿のまま平気で話し掛けてくる。ひょっとして最初から男子扱いされて無かったの?
「あ…今日は見学で良いからね」
首を傾げる僕に彩依がそっと耳打ちをしてきた。
「アノ日だろ…だから大人しくしておけ」
ポツ………ン
本日、女子の体育教科はバスケットボール。ダムンダムンとボールが弾み、走り続けるゴムの靴底が床と擦れてキュッキュッと悲鳴を上げている。
「イイなぁ…」
症状が軽い娘は動いても良いらしいけど、僕は貧血で倒れてしまい、今もズ~ンとお腹が重く痛い。皆、見学している娘の理由は察してくれているけど、女子の間ではさして特別でも無い。馴れて無い僕が晒し物になってる気がするだけ。
「ハァ…憂鬱…」
キュキュキュ…ダム…カシャーン
「凄いね、彩依ちゃん。どう?お嫁さんとしては…」
「ウ…ウン…」
確かに彩依は凄い。力任せな男子と違い、流れるように動き、舞うように跳ぶ。でもそれは女子としては…だ。男子のチャージにあえば軽く飛ばされてしまうだろうし、ジャンプ力でも身長差はきっと埋められない。
「オーイ紫織、見たかオレのシュートを。惚れたか?キュンとしたかー?」
「ウン、格好良かったよ」
初めて女子の体育を見る訳だけど、改めて発育の違いはあるんだな。揺れる娘、揺れ無い娘、特に胸の大きな娘は走り難そうだ。ボールを投げる時も腰、肩、腕がバラバラだし…。男子と女子ってこんなにも違うんだな…。
「紫織ン、何それ?」
授業が終わって更衣室の端っこで小さくコソコソと着替えてる僕にクラスの女子が話し掛けてきた。
「あ…コレ?男子はいつも外だから結構汗や砂で汚れるんでデオドラントのウェットタオルと制汗スプレーだよ」
いつものクセで鞄に入れていたけど結局今日は使う必要なかった。
「ああ、それで紫織ンいつも汗臭く無かったんだ」
「流石は彩依の嫁、他の男子とは違うね~。アイツ等体育の後最悪だもん」
そういえば殆どの男子はそのまま着替えるだけだったな。っていうか、言わないだけで結構女子って細かい所見てるんだ。
「私達もスプレー位なら持ってるけどね。あ、ソレこの間発売された新商品じゃん、ちょっと貸して」
気付けは結構周りでスプレーしてる。だから女子は石鹸や柑橘系の匂いがするのか。
「紫織、何をジッと見てる。お前はオレだけ見てれば良いんだよ」
両頬を押さえて自分に向くように顔を固定さる。怒りとも嫉妬とも恥じらいとも取れる赤く染まった頬。こういう所は可愛いんだよな。
彩依の下着は色気とかオシャレとは程遠いシンプルな上下のコットン素材。分類するならスポーツウェアのインナーだ。トランクスや褌じゃないだけましか。
「チェ…どうせ薬で強化してるくせに」
ふと聴こえた誰かの呟き、あれは負けた相手側チームの娘だ。
「アンタ達ねぇ…」
同じクラスの娘が反論しようとするのを彩依が止める。確かにそう思うのは仕方が無い。でも…。
「て…訂正してください」
「紫…織…?」
突然叫んだ僕に更衣室がシンとなる。
「な…何言ってんのよ。アンタだって勝手に性別変えられたんじゃ…」
「だからです。彩依はずっと昔から僕を"嫁"にすると言い続けて努力してきたんです。その夢の為に自分の性別を変えるとしても、貴女達に勝つ為みたいな小さな事には有り得ません」
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